香住区(美含郡)

三川権現社

概 要

社 号 三川権現社
三川山蔵王権現と称していた
読み:古 みかわさんざおうごんげん 現 みかわごんげん
所在地 兵庫県美方郡香美町香住区三川
旧地名 但馬国美含郡美含郷

御祭神
蔵王権現(ざおうごんげん)は、日本仏教における信仰対象の1つ。インドに起源を持たない日本独自の仏で、奈良県吉野町の金峯山寺本堂(蔵王堂)の本尊として知られる。権現とは「権(かり)の姿で現れた神仏」の意。

例祭日
三川権現春の大祭

社格等

創建
本殿様式

境内摂末社(祭神)

一口メモ

式内美伊神社のさらに上流に位置する。本来は神仏分離からみれば神社ではないが、権現が神仏とされる。

歴史・由緒等

三川山の麓にある三川権現は、修験道の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が天武3年(674)に蔵王権現を勧請して開いたと伝えられています。大和の大峯山、伯耆の三徳山と並んで日本三大権現に数えられ、歴代の国主、諸公をはじめ人々の信仰を集めました。しかし天文7年(1538)、雷により奥の院を焼き、伽藍を焼失します。その後再建されますが、天保3年(1832)に土石流で全ての建物が埋没してしまいました。当時の出石藩主仙石氏らが再興を計り、高野山大僧正と信徒らにより蔵王堂が再建され現在の三川権現社があるとされています。

権現社の隣には「ぽっくり尊」という仏様が祭られており、下着をここで加持してもらい身に着ければ、老いてから下のものの世話にならずに大往生できるといいます。苦しみを身代わりに背負ってくれる代苦仏です。

さらに、ここには全国観音霊場百八十八ヶ所のお砂踏み場があり、ここに来ればその全てを巡ることができるようになっています。

-香美町-

境内・社叢

  

三川山                  式内美伊神社から三川権現社へ向かう道の赤い橋

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社号標・鐘楼

  
本堂

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境内社

三川権現春の大祭
その三川権現社では、毎年5月3日に春を呼ぶ大祭「三川権現まつり」が開催され、全国各地から修験者や山伏が集まります。知恵の炎で煩悩を焼き払うという柴灯大護摩法要(さいとうおおごまほうよう)はこのまつりの呼び物の一つです。
修験者が勇ましくホラ貝を吹き鳴らしながら入場し、境内の四方に結界の矢を放った後、中央の1m以上にも積まれた護摩に点火し、そこから立ち昇る炎と煙は圧巻です。この大護摩を一目見ようと、町内外から多くの参拝者が集まり、家内安全・祈願成就などの願いを込めて煙を手で呼び寄せます。

出雲原神社

同郡美含郷美川山鎮座
祭神 健饒穂命・美伊比売命

『国司文書 但馬故事記』
夏6月 出雲原直饒津麿は美川山を開き、その祖美伊県主健饒穂命・美伊毘
売命を祀り、これを出雲原神社と謂い、また美伊神社と云う。

今の美伊神社は、兵庫県神社庁によれば、「崇神天皇28年(BC70)、美伊縣主武額明命が美伊谷山に、その祖神を祀ったと云われる。
元々は、麓の米地(上美伊谷)に鎮座していたが、雄略天皇17年、贄土師連吾筍命の命により、土師の氏人等が埴土を求めて本見塚(土生谷)へ移住するにより当社も遷座した。更に光仁天皇の宝亀元年(770)、現在の地にへ遷座されたと云う。」
『国司文書 但馬郷名記抄』には、美川山鎮座とあるので、元々は山頂付近に祀られていたとすれば、
当社の位置がより近いので、参考までに記した。

地名・地誌

地図

兵庫県美方郡香美町香住区三川

交通アクセス・周辺情報

参 考

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