3.神社の建物構成と名称

山根浩二/ 8月 24, 2013/ 神社建築/ 0 comments

jinjakeidaizu1
神社の神域にはいろいろな建物が配置されている。これらの建物は、それ

ぞれ重要な役割を持っている。

 神社建築(本殿)の特徴

神社建築(本殿)の特徴として以下の点が指摘されている。

  1.  屋根に妻を持つこと
  2.  床を高く張ること
  3.  瓦を用いないこと
  4.  土壁を用いないこと
  5.  装飾の質素なこと
 1.屋根に妻を持つこと

神社建築の屋根はほとんどが切妻造である。日本古来の建築様式。一部に入母屋造が見られる。入母屋造は仏教建築に由来する様式である。同じ仏教建築の様式であるが妻のない寄棟造や宝形造は採用されていない。このことは、仏教建築からの一方的な影響ではなく、神社建築としての価値観に基づいて、神社側が主体的に入母屋造を神社建築に採用したことを示している。

妻の神社建築における意義ははっきりしないが、信仰上の重要な要素であったことは間違いないと思われる。例えば、伊勢神宮正殿において妻の部分の金具が特別視され、式年遷宮の際に妻を装着する儀礼が秘伝とされたことや、流造の社殿を横にいくつも連結した社殿において、ひとつの社殿ごとに正面に千鳥破風(妻)が設けられて、ひとつひとつの社殿が区別されていることからもわかる。

2.床を高く張ること

本殿の特徴としては、屋根に妻があり、床が高く張ってあり、瓦や土壁を用いず、装飾は質素となっている。本来、土間を基本とする寺院建築と対照的である。瓦や土壁を使わないのは仏教建築との差異を図るためだとされている。
(奈良時代の仏堂や禅宗様の建物は中国の建築と同様に床を張らない)。

3.瓦を用いないこと

明らかに瓦葺きの仏教建築との差異を意識し、もしくは仏教建築を忌避したものであるといえる。神社の屋根は基本的に植物材で葺くが(檜皮葺や杮葺)、近世になると銅板葺も用いられるようになった。ただし例外的に、本殿に瓦葺を用いる場合もある(たとえば、沖縄の神社は伝統的な赤瓦を用いる)。土壁を用いないことについても同様である。
ただし、近代(明治)以降、瓦や土塀を用いた建築も採用されており多くなっている。これは耐久性によるものと思われる。

4.装飾の質素なこと

上古の日本建築の様式を固定化したためといえる。日本固有の神の住まいであるので、仏教とは異なることを意識し、日本に伝統的な建築の意匠を取り入れている。

※以上のことは、あくまで概論であり、全ての神社建築に当てはまるわけではなく、時代によっても変遷がある。気象・地域性、宮大工の建築スタイルなど、時代とともに神社建築は常に新しい技術を採り入れているが、それこそが神道であり、日本人であり、神社建築もそうなのであって、古いものをそのまま残すのではなく神社建築もその時代における最先端建築だったといえる。鉄筋コンクリートであれ、八百万の神として万物を尊重する日本と日本人がいう神道そのものを知る上で間違っているというものではないし、神社建築に神道があるものではなく、根本は人の及ばない自然や天変地異に対する畏れ・祟り・敬意であり、それはすべてに神が存在するという精神が基本である。

本殿の起源

古くは神社には社殿がなかった。神は社殿にいるのではなく、山や森などにいるとされ、また、特定の一箇所に常駐するとは考えられていなかった。奈良県桜井市の大神神社は拝殿のみで本殿を持たない。拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し大物主大神が鎮まる三輪山を拝するという原初の神祀りの様を伝え、日本最古の神社とされる。

磐座(いわくら)

一方で、神は特殊な形をした特定の岩や木に来臨すると考えられ、神への祭祀は、そこで行なわれた。この祭場は磐境(いわさか)・磐座(いわくら)などと呼ばれ、現在でも各地に残っている。しかし、磐境や磐座においても、そこに神が常駐しているとされたわけではなく、あくまでも祭祀を行なうときにのみ、神をその場に招くとされたのである。

manai5-300x225

真名井神社 磐座(いわくら) 京都府宮津市

神籬(ひもろぎ)

やがて、祭場には仮設の祭壇が設けられるようになった。いわゆる「神籬」(ひもろぎ)がこれに当たると考えられている。神籬は祭祀の際に祭壇の上に設置されて、祭祀が行なわれた。やがて、この神籬が発展して本格的な建築物をなすようになり、社殿になったと考えられる。

今日でもその形としては地鎮祭がある。土木工事を行う際や建物を建てる際に、工事の無事や安全と建物や家の繁栄を祈る儀式で、注連縄を四方に張り巡らし神聖な場所(聖域)とする。

つまり、仮設の祭壇が発展して、常設の社殿として採用されたと考えられる。しかし、社殿建立の際に過去の技法と様式を復古的に採用した可能性が高いため、建築様式が示す年代と、その建築様式が神社建築として使われ始めた年代は一致しないことが多いと思われる。また神社に社殿が登場した時代は仏教建築全盛の時代であり、仏教建築の影響を必然的に受けていたと思われる。そもそも建築物を礼拝の対象とするという発想自体が、仏教に由来するものかもしれない。

神社建築の成立に影響を与えたと考えられるのが神宮寺の建立である。神宮寺は神社に建てられた寺院のことで、神仏習合の初期段階で登場した。神宮寺の建立により、神社は仏教建築の直接の影響を受けたが、隣接するためにかえって神社建築と寺院建築の差異を求めるようになったと考えられる。

社 殿

社殿とは、神社の建物を総称した呼び名である。通常は社殿といえば、本殿、または拝殿・幣殿・本殿が一体となった本殿をさして社殿ともいう。

本殿(ほんでん)

2012-06-16-09.48.21-217x300  2012-06-16-09.48.32-300x223
神魂神社本殿 現存する最古の本殿 (松江市 国宝)

拝殿の奥に御神体を収める本殿(ほんでん)がある。本殿は、神霊を宿した御神体(ごしんたい)を安置する社殿のことで、神殿(しんでん)ともいう。本殿は人が内部に入ることを想定していないため、拝殿より小さいことが多い。
古くは1宇の本殿に1柱の神が祀られたが、現在では1宇の本殿に複数の神が祀られることも多い。内部には御神体(鏡など)がおさめられる。内陣と外陣に分かれている場合は内陣に神体が納められ、外陣は献饌・奉幣の場として使われる。

本殿は神がいるとされる神聖な場所であるため、瑞垣(みずがき)などで囲われたり、覆屋が造られ、普段はその内部をみられないことが多い。一部の神社では山や岩を神体として崇めるため、本殿を持たず、神体を直接拝むための拝殿のみがあるところもある(大神神社・金鑚神社など)。このように、社殿のない神社が本来の形式であったと考えられる。

本殿は拝殿の奥にあって見えにくいため、一般の参拝者は拝殿を神社建築の中心的建物と考えがちである。本殿は流造、春日造が一般的で、小型の本殿では、風雨から守るために覆屋をかける場合もある。 拝殿と本殿をつなぐ部分に幣殿が造られることも多く、これらを一続きに建てる場合も多い。建物の横に回ると、拝殿の奥に幣殿や本殿を確認することができる。ただし、本来、本殿は神職・氏子の代表者のみが立ち入ることが許可された聖域であり、神社によって一般参拝者の立ち入りを禁止している神社もあるので守るべきである。

本殿覆屋(ほんでんおおいや)

身近にある一般的な神社の本殿は一間社で、屋根は流造りや春日造りなど小社なものである。いつ頃からか、本殿の雨風雪による損傷を補うために本殿を包む屋根を設けて囲うようになった。これを本殿覆屋といって、旧村社などは拝殿も兼ねている。社殿とか本殿と呼んでいるが、正確には本殿とは、内部に御神体が祀られた建造物のことで、建物は本殿覆屋という。

幣殿 (へいでん)


佐須賀神社(京都府福知山市私市)

幣殿は、祭儀を行い、幣帛を奉る社殿である。大きな神社では本殿の前に、幣殿と拝殿と呼ばれる建築物があることが多い。

『幣殿』というのは『幣帛(へいはく,麻や絹などの織物の意味)』という神への供物をお供えするための建物のことで、独立していることもあるが、拝殿と一体になっていることが多い。幣殿がない神社もある。

拝殿(はいでん)

拝殿は、拝殿は祭神への遥拝や神事(祭祀)・拝礼を行う建物のこと。祭祀の時に神職などが着座するところでもあり、吹き抜けとされる場合が多い。通常、神社を訪れた際に見るのはこの拝殿で、一般の参拝は拝殿の手前で拍手を打って行なうが、祈祷などの際は拝殿に昇る(昇殿)こともある。

拝殿は、一般に本殿よりも大きく建てられ、床を張るのが一般的であるが、中央が土間となっており、通り抜け可能な「割拝殿」(国宝となっている桜井神社 (堺市)のものが著名)もある。舞殿、神楽殿、社務所などを兼ねることもある。

2013-12-21-08.55.37-300x225

桜井神社 割拝殿(国宝)

拝殿には、横拝殿、縦拝殿、割拝殿などがある。

神社によっては拝殿がないところ(春日大社・伊勢神宮など)や、2つ持つところ(伏見稲荷大社・明治神宮など)もある。2つある場合は、手前を外拝殿(げはいでん)と呼び、奥のものを内拝殿(ないはいでん)と呼ぶ。鈴(鈴の緒)や鰐口がある場合もある。

拝殿の起源

拝殿の成立は本殿よりも後である。現在でも伊勢神宮・春日大社・宇佐神宮・松尾大社など拝殿を持たない古社は多い。 拝殿は祭神の祭祀のための施設であるが、本来、神社の祭祀は本殿の正面の露天の祭場で行なわれていた。本殿は、その起源を祭壇に求められるように、祭祀の対象であって、祭祀を行なう場ではなかったのである。

祭祀において、神職らは祭場の左右に着座し、そこから中央の祭場に赴いて祭儀を行なったのだが、祭場が屋内になると、中心の祭場が幣殿となり、神職着座の場が回廊となった。回廊の入口には楼門が建てられた。このように祭祀の形態にあわせて、楼門と回廊と幣殿が建てられたが、これらを持つに至らない小規模な神社は、やがてその機能を圧縮して、ひとつの社殿にその機能を備えさせることにした。これが拝殿である。


但馬国一宮 出石神社拝殿

横拝殿

拝殿自体が横長の建物で、本殿の方を向いて着座する。


大神神社拝殿 (奈良県桜井市)

縦拝殿

棟の方向が正面に当たるが、むしろ本殿への通路的な役割を果たしているようである。


大井神社(京都府亀岡市)

割拝殿(わりはいでん)

横拝殿の中央部分を土間として、前後に通り抜けられるようになっている。神門を兼ねて本殿から入口に離れて建てられている。

 2013-12-21-08.55.37-300x225

石上神社摂社出雲武雄神社割拝殿(奈良県天理市 国宝)  桜井神社 割拝殿(大阪府堺市 国宝)

幣殿 (へいでん)

幣殿は、祭儀を行い、幣帛を奉る社殿である。大きな神社では本殿の前に、幣殿と拝殿と呼ばれる建築物があることが多い。

『幣殿』というのは『幣帛(へいはく,麻や絹などの織物の意味)』という神への供物をお供えするための建物のことで、独立していることもあるが、拝殿と一体になっていることが多い。幣殿がない神社もある。

2012-07-06-17.33.23-300x223
中嶋神社(豊岡市)幣殿 拝殿と幣殿が一体になっている例

勅使殿

天皇の特使である勅使が用務を行ったり、控えの場として使われる建物で、一定の建物の形式はない。

祭文殿

この建物も勅使が派遣される神社に設けられる建物で、勅使がお参りするところ。

祝詞殿(のりとでん)

神主が祝詞を奏上するための建物で、祝詞屋とか祝詞舎とも書く。

・賀茂別雷神社祝詞殿(京都市)

神楽殿

神楽を舞うための殿舎。古くは特に神楽のためにあったわけではなく、社殿の一部を利用したり、境内に一画を利用した。

2012-07-22 14.07.52
・賀茂別雷神社摂社新宮神社神楽殿(京都市)

・春日大社摂社若宮神社(奈良市)など

車舎(くるまや)

祭司や勅使などの参拝のとき、牛車を入れておく建物。

・春日大社車舎

酒殿

神社内にあって神酒(みき)を醸造する建物。伊勢神宮では御酒殿(みさかどの)という。もちろん現在は酒を醸造することはない。

・春日大社本社酒殿

神饌所(しんせんじょ)

別命、供御所(くごしょ)または御料屋ともいう。神饌(神の御食)を調理するところ。贄(にえ)殿・竈(かまど)殿・盛殿(もりどの)・御炊殿(みかしきどの)・忌火屋(いむびや)殿などを付属させているところが多い。

神輿庫(しんよこ)

神輿舎、神輿倉ともいう。神輿を収蔵しておく建物で、祭礼時には神輿を安置しておく。

手水舎(ちょうずや)

IMG_9883-220x164
談山神社(奈良県桜井市)手水舎

水盤舎ともいい、神に詣でる前に手を清め、口をすすぐところ。

直会殿(なおらいでん)

直会とは、祭儀が終わったあと、神饌の下り物などで飲食することをいい、これを直会式という。九丈殿・五丈殿・四丈殿などと呼ばれることもあり、長い建物が多い。

・賀茂別雷神社直会所(京都市)

・春日大社本社直会殿(奈良市)

宝庫

その名の通り神社の宝物を収納しておく倉庫のこと。宝蔵、神庫などともいう。

手向山八幡宮(奈良市) 宝庫 (国重要文化財)

その他

このほか、楼門(神門)や鳥居、社務所などが神社建築に含まれる。
IMG_7273-300x225 
春日大社(奈良市)南門 楼門          粟鹿神社勅使門(兵庫県朝来市)

参考

黒田 龍二 神戸大学工学研究科教授  「建築史からみた神社の歴史と信仰」放送大学兵庫学習センター

ウィキペディア

神社と神社建築

1.社殿の成立
2.境内の造り
3.神社の建物構成と名称
4.社殿の様式
5.神殿(本殿)の部位
6.鳥居とその種類
7.塀・玉垣

Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>
*
*