式内 比遅神社

      2017/02/27

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概 要

社号 式内社  但馬国出石郡 比遲神社
読み:古 ヒチ、現 ひじ
所在地 兵庫県豊岡市但東町口藤字山姥547
旧地名 但馬国出石郡資母郷
御祭神 多遲摩比泥神(たぢまひちのかみ)
『国司文書 但馬神社系譜伝』味散君(みさのきみ)
例祭日 10月9日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
出石郡(イツシ・いずし):23座(大9座・小14座)
式内社

近代社格制度 旧村社
創建     延喜3年(784)
本殿様式   流造銅板葺

境内摂社(祭神) 稲荷神社

一口メモ

国道482号線を太田川に沿って進み、宮津に抜ける県道2号線(宮津養父線)を東へ進むと口藤集落。すぐに「比遅神社」と刻まれた社号標が見える。さらに奥の山道を行くが、あいにく残雪があって先へ進めなかった。(2009.3.22)、2012.4.29、3度目のチャレンジでようやく参拝できた。

歴史・由緒等

『国司文書 但馬神社系譜伝』に、
人皇50代柏原天皇の延暦3年夏6月、葛井(ふじい)宿祢比遅は出石主帳となり、これを祀る。
味散君は、百済国都慕王十世孫 塩君の子なり。葛井宿祢の祖。

『国司文書 但馬故事記』(第五巻 出石郡故事記)に、
人皇50代柏原天皇の延暦3年夏6月、佐々貴山君波佐麻をもって、出石郡司となし、
伊福部宿祢弘をもって出石主政となし、
葛井(ふじい)宿祢比遅をもって出石主帳となす。
佐々貴山君波佐麻はその祖 佐々貴山君を射阪丘に祀り、(式内 佐々伎神社 兵庫県豊岡市但東町佐々木)
伊福部宿祢弘はその祖 天香久山命を出石丘に祀り、(伊福部神社 兵庫県豊岡市出石町中村)
葛井宿祢比遅はその祖 味散君を藤ガ森に祀る。

境内・社叢

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鳥居                   小川のかかる橋を渡ると参道石段

  

境内                   拝殿

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拝殿彫刻                      本殿

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境内社

地名・地誌

地 図

兵庫県豊岡市但東町口藤字山姥547

交通アクセス・周辺情報

参 考

但馬の神社と歴史三部作

 - 豊岡市(出石郡) ,