式内 都波只知上神社

      2017/03/20

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概 要

社 号 式内社 因幡国八上郡 都波只知上神社二座
読み:古 ツハキチノ、現 つばしちがみ
江戸時代は「市大明神」「大地大明神」と称していた
所在地 鳥取県鳥取市河原町佐貫511
旧地名 因幡国八上郡
御祭神主祭神
大帶日古淤斯呂和氣命(おおたらしひこおしろわけのすめらみこと・景行天皇)
日本武尊(やまとたけるのみこと)

合祀
天穗日尊 大己貴尊 三穗津姫命 素盞嗚尊 櫛名田比賣尊
合祀 八上比賣尊 天太玉尊 彦火火出見尊 鹽土老翁尊 景行天皇
合祀 猿田彦尊 事代主尊 意富伊我都命 伊弉册命 伊弉諾命
合祀 十握劍 保食神 罔象女命 倉稻魂命 級長戸邊命
合祀 帶中津彦命 譽田別命 氣長足姫尊 浅﨑尊
例祭日 10月第3日曜日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
因幡国(イナバ):50座(大1座・小49座)
八上郡(ヤカミ):19座(並小)
式内社

近代社格制度 旧村社
創建     年代不詳
本殿様式   流造

境内摂社(祭神)

一口メモ

国道53号線、JR国英(くにふさ)駅近くの鳥取県鳥取市河原町にある。八上売沼神社から千代川を渡り県道を南へ。

佐貫は(さぬき)と読むが、旧八頭郡佐貫村で、1917年(大正6年)10月1日 – 佐貫村・宇戸村が合併し、散岐村が発足。1955年(昭和30年)3月28日 – 河原町・八上村・散岐村・国英村・西郷村が合併し、河原町が発足。2004年(平成16年)11月1日 – 河原町・用瀬町・佐治村が鳥取市に編入。

散岐小学校あたりをぐるぐる探してようやく村はずれの山裾に鳥居を発見。

歴史・由緒等

都波只知上神社概略
一、 延喜式内社 旧村社、祭神は大帯日子淤斯呂和氣尊(景行天皇)・日本武尊の二神を祀る(その後明治以降いく度か近郷の氏神が合祀され現在二十六座が祀られている)。当社は佐貫村の谷隘の山麓に北面して鎮座、(往古は1.2Km許り奥の宮谷にあったが氏子の参詣に不便なため、いつのころか現在地佐貫字林の谷に遷られたと伝えられる)当社の創立年代は不詳であるが凡そ1700年以前に建てられたものである。
二、 由緒-伝説によれば昔人皇十二代景行天皇の朝に蜘蛛谷と云う処(大皿谷)に、土蜘蛛が住み、悪行甚しく人々を苦しめたので、帝は皇子日本武尊に武内宿弥を添え、海石榴樹で作った椎で山を穿ち退治された(日本書紀巻第七記事による)。其時の功を推崇して祭り「都波只知上神社」と稱して氏神とした。神号「都波只知」は「海石榴市」の假名書である。(文化五年-1808-社号をそれまで市大明神或は大地大明神-大智とも書く-と称されていたが現号に復称されている)
三、 祭神
大帯日子淤斯呂和氣尊。日本武尊。天穗日尊。大己貴尊。八上比賣尊。三穗津姫尊。天太玉尊。素盞嗚尊。櫛名田比賣尊。彦火火出見尊。景行天皇。鹽土老翁尊。猿田彦尊。事代主尊。意富伊我都命。伊弉諾尊。伊弉册尊。浅﨑尊。十握劍。保食神。罔象女神。倉稲魂尊。譽田別尊。級長戸邊尊。帯中津彦尊。気長足姫尊
四、 神階-仁寿元年(851)冬10月従五位下を授く(文徳実録)。大正5年11月3日神饌幣帛料供進神社に指定される。
五、 合祀社-明治元年、字西山鎮座岩瀬神社、境内鎮座稲荷神社、字国本鎮座高良神社、三社を合祀、同五年村社に列格す。明治42年、字宮の前鎮座石坪神社、字廣鎮座白鬚神社を合祀、大正4年、大字八日市字蜘蛛谷鎮座八日市神社を合祀す。
六、 鳥居-嘉永5年(1852)の再建。二の鳥居には寛延2年(1749)の銘あり。四の鳥居は定かでない。
燈籠は天保14年(1843)弘化3年(1846)文久元年(1861)等の銘あり。神紋は丸に劔花菱である。
七、 例祭日  10月5日
八、 建造物  本殿、幣殿、拝殿、神楽所、神輿庫、参籠所
九、 境内坪数 1268坪
(注) (佐貫郷には六日市、八日市等の市のつく地名が残っているが以前は境内で市が開かれ盛大な祭祀が行われていたと云う。戦前は社前に神輿が据えられ鉾榊も行列に加わり夏祭には茅の輪くぐり等が行われていた。戦後は祭も衰微したが麒麟獅子の舞は受継がれて実施されている。海石榴は椿の音便、上古は交通上の中心として神社を中心に市が開かれ群衆する人々に日光の直射を蔽う為枝葉群茂する樹木(椿類)を植えたと云われる)

「社頭掲示板」

境内・社叢

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二の鳥居 石畳が美しい(反対から) 三の鳥居

  

本殿                   拝殿扁額

境内社

地名・地誌

地 図

鳥取県鳥取市河原町佐貫511

交通アクセス・周辺情報

参 考

 - 鳥取市(八上郡) ,