式内 佐須我神社

      2017/01/20

2012-07-01-15.45.00

概 要

社 号  式内社 丹波国何鹿郡 佐須我神社
読み:古 サスカ、現 さすが
所在地 京都府福知山市私市小字宮ノ下25
旧地名 丹波国何鹿郡
御祭神 武速須佐之男命(すさのをのみこと)
配祀 稻田宮主神 稻田宮主簀狹之八箇耳
例祭日 10月10日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
大37座(就中一座月次新嘗)小523座
丹波国(タンバ):71座(大5座・小66座)
何鹿郡(イカルカ):12座 並小

近代社格制度 旧村社

創建      年代不詳
本殿様式    神明流造

境内摂社(祭神)

清所神社(伊邪那岐命) 昔は小字堺山にあり、明治十二年官制により合社した。
新宮神社(速玉男命)  昔は小字 西稲葉山の北端にあり右同年に合社した。
愛宕神社(迦具土命)  昔は小字西谷山にあり、右同年に合社した。

厳島神社(市杵島姫命 ) 八坂神社(大国主命[素戔嗚命の誤りか])
稲荷神社(宇賀迺御魂命)

一口メモ

福知山駅の東8Kmほどの私市に鎮座。京都府福知山駅からは、お城通り(府道24号線)に向かって、内記一丁目(交差点) を左折して 由良川に沿って、城下通り/府道55号線 に入る。橋を渡り、猪崎(交差点)で右折し、府道74号線を5.2 km進む。道をやや行き過ぎて、綾部市私市であることに気がついた。延喜式神名帳には、佐須我神社は何鹿郡なのであり、和名抄にある私部郷だろう。私市集落は後の市町村合併の際に、両市に分かれたのだろう。

車で境内まで入ることができるが、鳥居は境内西側の広い道にあるので、車を止めて鳥居まで歩いて参拝開始。

歴史・由緒等

由緒 何鹿郡延喜式内十二座その一として、太古は天田郡雀部庄川北村、戸田村、石原村、土村、前田村、土師村及び私市村の七ヶ村の郷社にして参拝常に絶えず。しかるに応仁年間国家相乱の為、地頭の変遷年に改まり、社領没収、神官も絶家し、神庫等灰儘に帰す。依て古書伝記等なく唯口碑の存するのみ。
祭日 往古より陰暦九月十日をもって祭典式を挙行す。行事は村吏奉幣使として参内、神饌料を供進す。
神興の渡御は同神社内休憩所までで、摂社八幡神駄及び鳴神天神籔神鉾と共に佐須我神裡に渡御せり。茲において神饌を御供、祝詞を奏上し、玉串を奉納す。而して摂社八幡神社へ神幸あり、直に還幸ありて式を了る。
往時は前記七ヶ村と共に、同日鳴神天神社に集合して大祭典を執行したりしに、何れの噴からか不明なるも之を廃せり。その年代詳かならず。しかし今尚旧跡を存するもの、同社の鋳に大馬場、馬出し、的場、燈明田等歴然として小字名が残っている。祭日を太陽暦に改むとある。

『福知山史』

境内・社叢

2012-07-01-15.54.54-300x222  2012-07-01 15.45.00
一の鳥居                 二の鳥居

2012-07-01 15.55.13  2012-07-01-15.54.21-300x222

社号標             参道
南の反対側から車で近くまで行けることはあとで知ったが、かなり距離があるが、まあ正道だ。

2012-07-01-15.47.45-300x221  2012-07-01-15.48.08-300x224
拝殿

2012-07-01 15.49.53

神楽殿(舞殿)のある立派な拝殿

2012-07-01 15.48.55  2012-07-01 15.48.49

狛犬

2012-07-01-15.51.21-300x218  2012-07-01 15.50.09

社殿左側面                社殿右側面

2012-07-01 15.50.55  2012-07-01-15.50.36-300x224
境内社 新宮神社(速玉男命)と清所神社(伊弉諾尊・伊弉冉尊)

2012-07-01 15.51.49  2012-07-01 15.52.06

手前境内社           境内の土俵

使えなくなった消防ホ-スを土俵に再利用していたのでなるほどと面白かった。区の消防団か青年団だろう。

地名・地誌

私市(きさいち)

知らないと読み方が分からない地名だが、「きさいち」と読む。美幣奴神社のある鳥取県八頭町篠波は、私部村(郷)だったのでピンときた。私市とは私部(きさいちべ)の市場が立った中心の場所という意味か、きさいちべの省略であるかも知れない。私部はヤマト王権の部民制で、部民制は大きく2つのグループに分けることが出来る。1つは何らかの仕事にかかわる一団で、もう1つは王宮や豪族に所属する一団である。

天田郡(福知山市)と何鹿郡(綾部市)は、西から額田部、六人部、私部(私市)、物部、綾部と、その名残りの地名が多いところだ。私部は、皇后〈后、きさき)のため、いろいろな仕事をしたり、世話をしたりする役所のことであり、かつ、その世話をする人々を指していう言葉でもある。

私市は、明治22年~現在の大字。はじめ佐賀村、昭和31年からは福知山市の大字。同31年東部が綾部市に編入、大字私市となり、次いで同32年私市町となる。
私市町は、昭和32年~現在の綾部市の町名となっている。

何鹿郡

『延喜式神名帳』には、以下に示す小社12座12社が記載されている。大社はないが、天田郡は4社であるから、古くから集落が発達していたことが垣間見れる。

須波伎部神社 (現 須波岐部神社、綾部市物部町横椽)
阿比地神社 (現 阿毘地神社、福知山市興)
阿須々伎神社 – 阿須須岐神社(綾部市金河内町東谷)または篠田神社(綾部市篠田町宮ノ下)に比定。
御手槻神社 (綾部市位田町岩井)
佐陁神社 – 大川神社(綾部市栗町上村)または澤神社(綾部市栗町裏山)に比定。
珂牟奈備神社 (現 河牟奈備神社、綾部市十倉名畑町古気良)
伊也神社 (綾部市広瀬町城山)
赤国神社 (赤国神社、綾部市舘町宮ノ前) – 丹国神社とも。
高蔵神社 (綾部市西坂町宮ケ嶽)
佐須我神社 (現 佐須賀神社、福知山市私市小字宮ノ下)
嶋萬神社 (現 島萬神社、綾部市中筋町岩ケ下)
福太神社 (綾部市上八田町寺垣)

1956年(昭和31年)9月30日 – 佐賀村のうち、石原・小貝・私市(きさいち)の東部が綾部市に、私市の西部・報恩寺・印内・山野口が福知山市に分割編入。同日何鹿郡消滅。

地 図

京都府福知山市私市25

交通アクセス・周辺情報

私市円山古墳(綾部市内になる)

参 考

「丹後の地名」さん、「延喜式の調査」さん、他

 - 福知山市 ,