御霊神社(福知山)

      2017/01/20

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概 要

社 号 御霊神社
読み: ごりょう
所在地 京都府福知山市西中ノ町238
旧地名 丹波国天田郡
御祭神 宇賀御霊大神(=倉稲魂尊)、明智光秀命
例祭日

創建   1705年(宝永2年)
本殿様式

境内摂末社(祭神)

中央 事代主神社(恵比須神社)
左に、秋葉神社(明和年間)、福島稲荷神社(文政年間勧請)
右に天満宮(天保年間作霊像)と養蚕神社(大正四年太秦蚕の社より勧請)
北に叶神社、堤防神社

一口メモ

福知山市街地、広小路通りを塞ぐように境内と、隣接する御霊公園が存在しているため、広小路通りはこの周辺で南北でクランク状に迂回している。
約20年前、ここの公園でバンドの上々颱風コンサートが開かれており、地元の夏まつりイベントに招致できないかと訪れて以来2度目である。もちろん30代だった当時には、目的が神社ではなかったので参拝していなかった。

歴史・由緒等

福知山城主朽木氏が宇賀御霊大神に明智光秀の合祀を許した神社。現在は当時の位置より西に移設されたもの。
市街地の中心に位置する御霊神社は、もとは宇賀御霊大神を祀る稲荷社で商売とのかかわりも強く、町の鎮守、庶民の神社として親しまれています。

社記によると、元々光秀の霊は稲荷社とは別に菱屋町の常照寺境内にまつられていましたが、水害など度重なる災害を光秀の霊と結びつけ、その霊を慰めるために宝永2年(1705)に現在の御霊神社に合祀したものと伝えられています。

神社の名前は、福知山城主朽木氏が明智光秀の合祀を許したことに由来する。明智光秀の霊が合祀してあり、光秀ゆかりの神社としてもよく知られています。

神社には、「福智山」を名付け、福知山城を近世の城に改修し、善政をしいた明智光秀にまつわる数多くの史料を有する。光秀の軍隊の規律が書かれた明智光秀家中軍法をはじめ、明智光秀にかかわる3通の古文書が残されています(郷土資料館にて保管展示)。

境内・社叢

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ご由緒案内板

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鳥居・社号標               手水舎

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狛犬

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御霊神社拝殿               御霊神社本殿

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境内社 包丁刃物社       境内社 恵比須神社

恵比須神社
内部は五社造りとなっており、御霊神社が広小路に鎮座していたときの旧本殿の建物です。現在は中央が恵比須神社で事代主大神を祭っています。左(向かって右)に、秋葉神社(明和年間)、福島稲荷神社(文政年間、又は寛政年中に勧請)を祭り、右に天満宮(天保年間作霊像)と養蚕神社(大正4年太秦蚕の社より勧請)を祭っています。

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堤防神社                 叶神社

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本能寺の変 記念碑

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地名・地誌

地 図

京都府福知山市西中ノ町238

交通アクセス・周辺情報

参 考

「福知山市」

 - 福知山市 , ,