何鹿神社(式内 出石鹿石部神社)

      2017/01/20

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概 要

社 号 何鹿神社
式内社 丹波国何鹿郡 出石鹿[山石]部神社
読み 古 イツシノカノイソヘ、近代
所在地 京都府船井郡京丹波町曽根竿代29
旧地名 丹波国何鹿郡
御祭神 大山祇命(おおやまつみのみこと)  品陀別命(ほむだわけのみこと)=応神天皇  彦狹知命(ひこさちのみこと)
例祭日 10月17日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
大37座(就中一座月次新嘗)小523座
丹波国(タンバ):71座(大5座・小66座)
船井郡(フナイ):10座(大1座・小9座)

近代社格制度  旧郷社

創建      白鳳時代(推古朝代)天武12年すでに社があったと伝えられる
本殿様式

境内摂社(祭神)

春日神社 大原神社

一口メモ

国道9号線蒲生交差点を入り、京丹波町役場(京都府船井郡京丹波町蒲生八ツ谷62−6)の西に1.2 km進み、左折すると350 m。
鳥居から参道に右に車で中まで入り、出られる道がある。
出石鹿という旧名に、但馬の出石と関係があるのか興味のあった神社だ。

歴史・由緒等

天武12年すでに社があったと伝えられ、大宝2年(702)から出石鹿[山石]部神社、正和4年(1315)から何鹿神社と呼称している。
永禄12年(1349)再建、弘化5年(1848)再建。
貞和5年(1349)に書かれたと認められる大般若経が明治6年(1873)まで社内に存在していた天正の頃まで中丹波山内荘7社の神輿が当社に集まり祭礼式を執行した。
本社は山内の荘の一宮とされ、昔から荘内の人々が尊崇し神輿の存在中は例祭日に右7社の神輿をかついできて御旅祭礼があったと伝えられる。
平成11年5月12日不審火により全焼した本殿は弘化5年2月再建のもので三間社流造檜皮葺き(50㎡)軒唐破風の向拝を一間に造る形式、端正な中に柔らかな味を漂わせ江戸末期の特徴をよく現した建物でその上に覆い屋鋼板葺きがあった。

「社頭掲示板」

白鳳時代(推古朝代)に既に祀られていた。大宝2年(702)から出石鹿磯部神社と称されていた。何鹿神社と呼ばれるようになつたのは正和4年(1315)からである。
永禄12年(1569)寛永15年(1638)弘化5年(1847)三回の建築記録がある。現在の社殿は弘化5年のものである。
社殿の様式、三間社流れ造り、向拝中央に軒唐破風を設ける。梁などの構造部材は太く丹念に仕上げられ直線的な強さを示し厳正な形をしている。彫り物は紅葉と鹿龍が彫られその姿は優しく全体の謹厳な雰囲気を適度に柔らげている。
神社の創建は古く文化財的な価値も高い、付近には古墳もあり多くの伝説がある。その記録は神社に保管されている。
花おかや夜をふかし野にきてみれば衣のすそはしおたえにけり。一休和尚

「全国神社祭祀祭礼総合調査」 神社本庁 平成7年

境内・社叢

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神社鳥居                       磐座

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手水舎                          拝殿

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角がある狛犬 大原神社の吽の狛犬にも角がある

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本殿覆屋

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本殿右 境内社 春日神社 大原神社    神宮遥拝所

地名・地誌

地 図

京都府船井郡京丹波町曽根竿代29

交通アクセス・周辺情報

参 考

『延喜式の調査』さん、他

 - 船井郡京丹波町 , , ,