式内 宇留波神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

概 要

社 号 式内社 但馬国養父郡 宇留波神社
読み:古 ウルハ 現 うるは
所在地 兵庫県養父市口米地字藪下1
旧地名 但馬国養父郡養父郷中米地村宇佐原(養父郡養父市場村大字口米地)
御祭神 許乃波奈佐久夜比賣命(コノハナサクヤヒメ)
大穴牟遅命妃(オオナムチノミコトヒ)
『国司文書 但馬故事記』には、養父県主・宇留波命

例祭日 10月9日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
養父郡(ヤフ・やぶ):30座(大3座・小27座)
式内社

近代社格制度 旧村社

創建
本殿様式

境内摂社(祭神)

一口メモ

養父市口米地(くちめいじ)は、円山川右岸道路(県道255号線)から104号線へ曲がる。若い地元の人に聞くと宇留波神社は知らないけれど、端に小さな祠があると言われた。わからないので中米地まで随分探し回った。
米地川に沿って鉄屋米地、口米地、中米地、奥米地の集落がある。奥米地の水谷神社まで行ったことがあるし、大塚に親戚がありお寺が奥米地なので何回も通った道だが。どこからどこまでが鉄屋米地と口米地なのか分からないが、鉄屋・口米地区多目的集会所とあるので、行政では一緒なのだろうか?
鉄屋口米地多目的集会所前に社号標らしき石碑を見つけた。参道入口であるようだ。
もっと下(しも)に宇留波神社古社地跡の石碑があるらしいが分からなかった。

歴史・由緒等

一般的には木花咲耶姫と記される。

コノハナノサクヤビメは、日本神話に登場する女神。一般的には木花咲耶姫と記される。また『古事記』では木花之佐久夜毘売、『日本書紀』では木花開耶姫と表記する。コノハナサクヤビメ、コノハナサクヤヒメ、又は単にサクヤビメと呼ばれることもある。『古事記』では神阿多都比売(カムアタツヒメ)、『日本書紀』では鹿葦津姫または葦津姫(カヤツヒメ)が本名で、コノハナノサクヤビメは別名としている。

オオヤマツミの娘で、姉にイワナガヒメがいる。ニニギの妻として、ホデリ(海幸彦)・ホスセリ・ホオリ(山幸彦)を生んだ。
(ウィキペディア)

「特選神名牒」

「註進状」に祭神不詳とあれど、是も播磨風土記宍粟郡雲筒土上下大神の妻、許乃波奈佐久夜比賣命はその形美麗ゆえ曰く宇留加とある大神は伊和大神にして、即ち大己貴命なるが夜夫の神の此の図に鎮まり座すによりて、其の妻神を此れに祭りしものなる事著しければ今決めて記せリ。宇留加は宇留波志(うるわし)と云う事の傅と聞ゆるをもて思ふに宇留波神とも云いしなるべしゆえ附て考に備ふ。

『国司文書 但馬故事記』に、
第16代応神天皇元年(270)秋7月 宇留波命の子・建稲種子命を以って、夜夫県主と為す。母は勝田姫命、朝来県主・当勝足尼(まさかつのすくね)命の娘なり。
建稲種子命は、その父・宇留波命を夜夫宮代丘に祀る。

夜夫宮代丘とは、夜夫宮は養父神社であるから、その側の宮代丘にあったようだ。いずれにしても、養父郡故事記に登場する養父郡内の式内神社でもかなりの古社だ。

境内・社叢

  
地区の集会所前に社号標がある       西側に空き地がある。石垣で整地してあるので社地だろうか。

  

地名・地誌

地 図

兵庫県養父市口米地1

交通アクセス・周辺情報

参 考

草稿 2011年8月29日
改訂

但馬の神社と歴史三部作

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