式内 売布神社(宝塚市)

      2017/01/21

概 要

社号 式内社 摂津国河邊郡 売布神社
読み: 古 ヒメフ、現 めふ
所在地 兵庫県宝塚市売布山手町1-1
旧地名 摂津国河辺郡(川辺郡)
御祭神
高比賣神(たかひめのかみ)=下照比売命 配祀 天稚彦神(あめのわかひこのかみ)
例祭日10月18日・19日に行われるだんじり祭は八坂神社(宝塚市清荒神)と共催

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
畿内:658座(大231座・小427座)
摂津国:式内社75座(大26座(並月次新嘗・就中15座相嘗祭)・小49座(並官幣))
河辺郡:7座(並小)
式内社

近代社格制度  旧郷社

創建      推古天皇18年(605年)
本殿様式    本殿は桧皮葺流造で、文化13年(1816年)の建立だった。兵庫県南部地震で被災、修復された。

境内摂末社(祭神)

嚴島神社・豊玉神社

一口メモ

同じ川辺郡(河邊郡)(現宝塚市)の式内社売布神社とは姉妹の関係の神社とされる。我が兵庫県豊岡市日高町国分寺にある大売布命を祀る式内売布神社があり、かねてから興味があった神社の一つで、両神社の社号は同じ関係があると思う。阪急売布神社駅から西北へ500m。中国自動車道宝塚I.Cから北へ3.5km。国道176号線で県道172号を左折。阪急踏切を渡り左折して売布東の町交差点を右折し池の前を左折し北側。

歴史・由緒等

売布小学校の北隣、叢林深く山麓の神社。 武庫川が武田尾の渓谷を経て、西振平野に流れ出る典型的な扇状地にある。現在地に当初より鎮座していたものと判断される。

由 緒
第66代醍醐天皇の延喜5年(905)制定の延喜式巻九神名帳上に摂津国七十五座の一つに加えられ官幣社として、神祇官をして幣帛を供進されました。

第55代文徳天皇が綸旨あれてからは代々の天皇が続けられ、右大将源頼朝が命じてから庶民の信仰も多くなり、第91代後宇多天皇が参篭されました。

いづれの頃からか佛者に乱されて「貴船大明神」と誤り崇められていたのを、徳川八代将軍吉宗が元文元年に寺社奉行大岡越前守忠相に命じ大阪の佛者並河五市郎が調査した結果、「売布神社」が正しい名称であることが判明、同年「売布社」の社号右を寄贈され、現在も拝殿前に存しています。

現在では、衣・食・財の守護神として特に繊維業界、食料業界、金融界の方々の信仰が深く、またご夫婦の神をお祀りしているところから恋愛・結婚・就職の神さまとして崇敬されています。

-「兵庫県神社庁」-

今から約1380余年前の推古天皇18年の御創建で御祭神は下照姫神(大国主神の姫君)とその夫君の大稚彦神をお祀りしています。
当地に来られた下照姫神は住民が飢えと寒さで困窮せるを見給いて稲を植え、麻を紡ぎ、布を織ることを教えられました。その後豊かな生活を送ることができた里人はその御神徳を慕い聡明で美しい姫神さまをお祀りしました。
現在では、衣・食・財の守護神としてまた恋愛結婚成就の神様として崇敬されています。
延喜式内社として近郊に知られ、宝塚市内唯一の旧・郷社であります。
拝殿前の社号標石「売布神社」一基と社叢4100平方米は宝塚市文化財に指定されています。
平成八年 元旦
社務所

『社頭掲示板』
-阜嵐健『延喜式神社の調査』さんより-

中世以降、貴布禰神社や貴布禰明神(貴船大明神)と称していたが、元文元年(1736年)、寺社奉行大岡忠相より地誌編纂を命じられた並河誠所の調査によって当社が式内・売布神社に比定され、以降は売布神社と称するようになった。
明治6年(1873年)、郷社に列格した。

『国司文書 但馬故事記』に、
人皇12代景行天皇32年(102)夏6月に、伊香色男(いかしこお)命の子・物部大売布命(もののべのおおめふのみこと)は、日本武尊(やまとたけるのみこと)に従い、東夷(えぞ)を征伐したことを賞し、その働きにより摂津の川奈辺(いまの川辺郡)・多遅麻(たじま)の気多(けた)・黄沼前(きぬさき)の三県(あがた)を与えられる。
大売布命は多遅麻に下り、気多の射楯宮(いだてのみや・いまの豊岡市日高町国分寺)に住む。多遅麻物部氏の祖なり。

どうして高売布神社及び売布神社の御祭神が下照比売命(したてるひめのみこと)となったのかは、おそらく、『古事記』では、高比売命(たかひめのみこと)の亦の名が、下光比売命・下照比売命(したてるひめのみこと)であることで、高売布と高比売を混同したのではないだろうか。だからといって、長い年月で時代時代によって祭神が不明になったり、意図的に御祭神が替えられることは珍しいことではない。創建は推古天皇の頃というのは、人皇12代景行天皇32年夏6月に、伊香色男(いかしこお)命の子・物部大売布命(もののべのおおめふのみこと)は、日本武尊(やまとたけるのみこと)に従い、東夷(えぞ)を征伐したことを賞し、その働きにより摂津の川奈辺(いまの川辺郡)・多遅麻(たじま)の気多(けた)・黄沼前(きぬさき)の三県(あがた)を与えられる。からそれ以降だろう。

売布神社と姉妹関係にある三田市の高売布神社の頁にも書いたが、三田市・宝塚市は山を挟んだ同じ摂津の川奈辺(いまの川辺郡)内で、おそらく人皇12代景行天皇32年以降の創建であろう。

境内・社叢

  

鳥居                   社号標

  
境内                   社殿

  
古い社号標(市文化財)              狛犬

 


由来案内板

  
境内末社 豊玉神社、稲荷社、市杵島比売命(弁才天)

地名・地誌

地 図

兵庫県宝塚市売布山手町1-1

交通アクセス・周辺情報

参 考

 - 宝塚市 ,