式内 美談神社

      2017/03/22

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概 要

社号 美談神社
読み:みたみ
江戸時代は「八幡宮」と称していた
延喜式神名帳
式内社 出雲国出雲郡 美談神社
合祀  式内社 出雲国出雲郡 同社比売遅神社
境内社 式内社 出雲国出雲郡 県神社  (東谷にもある)
境内社 式内社 出雲国出雲郡 同社和加布都努志神社
境内社 式内社 出雲国出雲郡 印波神社 『出雲国風土記』「伊波社」、あるいは「伊爾波社」。東谷に鎮座していた。

所在地 島根県出雲市美談町182
旧地名 出雲国出雲郡
御祭神
経津主命(ふつぬし のみこと) 武甕槌命(たけみかづち のみこと) 息長足姫命(おきながたらしひめ=神功皇后)

合祀 式内社 出雲国出雲郡 同社比賣遲神社 比賣遅神(ひめぢのかみ)
例祭日 10月14日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
出雲国 187座(大2座・小185座)
出雲郡(イツモ) 58座(大1座・小57座)

『出雲国風土記』「彌太彌社」

近代社格制度 旧村社

創建     年代不詳だが、天平5年(733)『出雲国風土記』に「彌太彌社」と記載があるのでそれ以前にあった

本殿様式

境内摂末社(祭神)

式内社 出雲国出雲郡 縣神社
合祀 式内社 出雲国出雲郡 同社和加布都努志神社
縣神社
天穂日命 和加布都努志命

式内社 出雲国出雲郡 印波神社
合祀 式外社 彌陀彌神社 出雲風土記
印波神社
天手力雄命 太玉命

弥陀弥神社・小早川神社

一口メモ

宍道湖北岸の平野部を出雲大社へ向かう国道431号線が山すそ差し掛かった辺りに鎮座する。斐伊川対岸の南にある式内鳥屋神社から県道275号線の橋を渡って行った。美談神社には、同じ出雲郡内にあった式内社が合祀または境内社として遷座された数が大変多いのでとくに関心のあった神社だ。予想していたより境内はこじんまりとしていた。

歴史・由緒等

延喜式神名帳に美談神社と記し、出雲風土記にも彌太神社と記している。又、天保4年(1833年)の出雲神社巡拝記にも美談村の条に記に云う(風土記)彌談彌神社、式に云う(延喜式)美談神社とし「祭神はわかふつぬしの命なるべし」とある。巡拝記によると「建長年の頃(1249~1252)佐々木次郎左エ門泰清の七男広田頼清のころ八幡宮を勧請せらぬと聞きぬ」とあるので、当国守護職塩冶氏の系累によって勧請されたものであった。されば武家時代においては、その蔭に古代以来の在地の守護神がかくれたまうのも、またやむを得ぬことであった」と記されている。つまり建長年間になって彌談彌神社がうしろにかくれ、表面に八幡宮が出てきたのである。

境内・社叢

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鳥居                   社号標

  
狛犬 来待石構え獅子型

 

参道境内社
   

拝殿前狛犬

  

拝殿                   拝殿扁額

  

本殿左手から               拝殿・幣殿・本殿

  

左手境内社 式内印波神社・式内縣神社・式内和加布都努志神社

右手境内社 小早川神社・弥陀弥神社二社(風土記記載の彌陀彌社十二社が合祀)・社日社

地名・地誌

地 図

島根県出雲市美談町182

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式神社の調査」さん、他

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