石津神社(式内 石津太神社)

      2017/02/25

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概 要

社 号 石津神社
読み:いしづじんじゃ
延喜式神名帳 式内社 和泉国大鳥郡 石津太神社
読み:イハツタノオホ
日本最古の戎宮
所在地 大阪府堺市堺区石津町1丁15-21
旧地名 和泉国大鳥郡
御祭神
八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)
大 巳 貴 神(おほなむちのかみ)
天 穂 日 神(あめのほひのかみ)

相 殿 合祀 誉田別神、伊邪那美神、白山比賣神、水分神、高野神、高龗神
御神紋 丸に三ツ葉柏

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
和泉国:62座 大1座 小11座
大鳥郡[オホトリ]:24座 大1座 小23座
式内社

近代社格制度

創建      伝 孝昭天皇7年8月10日(紀元前469年)
本殿様式
例祭日

境内摂末社(祭神)

宿祢社  野見宿祢神
相殿 石津王命・猿田彦神
天満宮  菅原道真公

一口メモ

歴史・由緒等

日本最古の戎社という。蛭子命がこの地の海岸に漂着し、命が携えてきた五色の神石をこの地に置いたことから石津という。
往昔石津村が上と下に分離した時、一方に本社が、一方に御旅所などがあったが、分村したときに各々それを氏神として奉斎し、その後どちらが本社か不詳となったものか。堺県の時に両社正潤の紛議あったが決定していない。

式内社石津太神社(いわつのおおじんじゃ)に比定される。石津太神社については、同市西区浜寺石津町の石津太神社(いわつたじんじゃ)も論社となっており、元々はどちらかが本社、どちらかが御旅所か分社であったと考えられている。両社とも八重事代主神(戎神)降臨の地として、「日本最古の戎宮」を称している。えびす神は一般的に耳が遠いとされており、石津神社では、本殿横に木槌で叩いて願い事を唱える板が設置されている。大祓(おおはらえ)の時期には茅の輪が備えられる。

社伝では、八重事代主神が五色の石を携えてこの地に降臨したとしており、そこから石津の地名ができたという。孝昭天皇7年8月10日に勅願により創建され、垂仁天皇の時代に天穂日命の子孫である野見宿禰を神主としたとしている。
八重事代主神が携えた石は神社の前に埋められており、天変地異のあるときには地面から出て浮き上がると伝えられる。
蛭子命が漂着されたと伝承される御旅所は石津川北岸の元海岸の地にある。

『神社公式サイト』の古絵図に上石津社とある。

境内・社叢

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鳥居

  
鳥居扁額                 手水舎

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境内              拝殿と茅の輪くぐり


拝殿扁額
大晦日から元旦へ真っ暗闇の中、十二時の時太鼓を合図に神殿、境内各所は点灯され、新年のおまいりが始る。

   

狛犬

  
本殿

境内社

  

地名・地誌

地 図

大阪府堺市堺区石津町1丁15-21

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式神社の調査」、他

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