式内 多治速比売神社

      2017/02/25

概 要

社 号 式内 多治速比売神社

式内社 和泉国大鳥郡 多治速比売神社
読み:古 タチハヤヒメ、現 たじはやひめ
所在地 大阪府堺市南区宮山台2-3-1
旧地名 和泉国大鳥郡
御祭神
多治速比売命(たじはやひめ のみこと)
配祀 素盞嗚尊 菅原道真 藏王權現
例祭日 例祭 10月5日に近い日曜日

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
和泉国:62座 大1座 小11座
大鳥郡[オホトリ]:24座 大1座 小23座

近代社格制度  旧郷社

創建       6世紀頃に建てられたと言われる
本殿様式     三間社入母屋造

境内摂末社(祭神)

式内社 坂上神社(阿知使主)
式内社 鴨田神社(加茂別雷命[大阪府誌] もしくは住吉神[泉州志])

坂上社(式内社)、鴨田社(式内社)、大神社、住吉社、天照社、八幡社、春日社、 熊野社、白山社、弁天社、稲荷社、福石社、水天宮 以上十三社を合わせて荒山宮 (こうぜんのみや)

文化財

本殿 国重要文化財

一口メモ

日部神社からまっすぐ旧街道らしき道を南下して府道36号線を東へ進むと、阪和自動車道をくぐり泉北高速鉄道と府道34号線が並行している広い道に入る。竹城台小学校前から右折すると荒山公園というゆるやかな丘の上にある。

歴史・由緒等

多治速比売命(たじはやひめ のみこと)は初めて聞く神で、社伝では御祭神 多治速比売命は、日本武尊の妃「橘姫命」の転化した名称とするそうだ。日本武尊を主祭神とする大鳥大社に対し、当社はその妃「橘姫命」を祀る神社である。
1916年(大正5年)9月18日郷社に列した。
現在の本殿は室町時代になってから再建されたものである。1953年(昭和28年)に国の重要文化財に指定されている。

多治速比売神社-荒山宮(こうぜんのみや)-由緒

当神社は和泉国大鳥郡の延喜式内社二十四座のひとつで、西暦530年頃の御創建と伝えられている。
明治初年までは総福寺と併存した神宮寺であったが、神仏分離の際神社のみとなった。
現在の本殿は室町時代の建造物(天文年間1539年~1541年に再建)で国の重要文化財に指定されている。

主祭神は多治速比売命(たじはやひめのみこと)で女神として厄除・安産・ 縁結びの神として崇敬が厚く、また本殿には素盞嗚尊(すさのおのみこと)・ 菅原道真公も合わせて祀られ、特に道真公は学問の神(天神様)として厚く信仰されている。

境内には十三の末社【坂上社(式内社)、鴨田社(式内社)、大神社、住吉社、天照社、八幡社、春日社、 熊野社、白山社、弁天社、稲荷社、福石社、水天宮】があり合わせて荒山宮 (こうぜんのみや)とよばれている。

なお、昭和三十八年に泉北ニータウンの造成計画に伴い、由緒ある当神社のご神威をさらに発揚すべく 境内の整備、拝殿・参集殿等の大改築を行い現在に至った。

当時社有地の大部分は住宅、公園用地として買収され、神社周辺は堺市の公園として荒山公園 (こうぜんこうえん)と名付けられ、そこには「花の名所づくり」の一環として 市により梅林が整備され、約1,340本の梅が植樹されている。

当神社は荒山公園の中心として緑の森に囲まれ、春は梅・桜・山つつじ、夏は青葉、秋は紅葉、 冬は木々に積もる雪景色と四季折々の眺めは言わん方なく、遠く望めば東に金剛・葛城の連峰 南に和泉葛城の連峰 、西には茅渟海に浮かぶ淡路島と壮大な姿が展開され自然に恵まれた景勝 の地となっており、年間を通じて参詣者が絶えない。

-『神社公式サイト』より-

境内・社叢

  

参道                   鳥居・境内

社号標

   

拝殿前狛犬

  

拝殿

本殿(屋根) 三間社入母屋造

入母屋造 (いりもやづくり)で正面に千鳥破風 (ちどりはふ)があり、大きな向拝(庇のようなもの)があって、それに軒唐破風 (のきからはふ)がついている。

境内社

  

(本殿右手)八幡社                 (以下本殿左手)弁天社

  
稲荷社                         福石社 石神

遙拝所

他の境内社は拝殿垣内に小社がある

地名・地誌

地 図

大阪府堺市南区宮山台2-3-1

交通アクセス・周辺情報

泉北高速鉄道泉ヶ丘駅下車、北バスターミナル
JR阪和線津久野駅下車、バスターミナルより南海バスにて(約25分)

車(高速道路利用)
阪和自動車道堺I.Cより3分
阪神高速湾岸線助松JCT~堺泉北有料道路太平寺出口より5分

ホームページ

『神社公式サイト』

参 考

「延喜式神社の調査」、他

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