式内 二村神社(元宮)

      2017/01/20

概 要

社号 式内社 丹波国多紀郡 二村神社
読み: フタムラ
所在地 兵庫県篠山市見内1-3
旧地名 丹波国多紀郡
御祭神
伊邪那岐命(いざなぎ のみこと) 伊邪那美命(いざなみ のみこと)
例祭日 10月9日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
丹波国(タンバ):71座(大5座・小66座)
多紀郡(タキ):9座(大2座・小7座)

近代社格制度  旧村社

創建       年代不詳
本殿様式    春日造 檜皮葺

境内摂社(祭神)

一口メモ

見内の式内二村神社から篠山に向かう途中で、372号線沿いの真南条に「二村神社」と標識があったので、そちらも尋ねた。もう一箇所は、篠山口駅に近い味間にある。二尊神社だったものが、二村神社と変えられた由来もそういうところからだろう。

式内二村神社 兵庫県篠山市見内
二村神社 兵庫県篠山市真南条
二村神社 兵庫県篠山市味間

歴史・由緒等

大昔、伊奘諾尊が天くだる時、まず剣を先に落とし、「この剣が倒れていればコケッコと鳴け、もし剣が刺さって立っておれば鳴くな」と命じて鶏を次に降ろされました。鶏は剣が倒れているのを見て、「コケッコー」と大声で鳴いて知らせたので、「この土地は堅く、神の住める土地である」と、伊奘諾尊を伴ってこの土地に降りられ、神内村と名付けられました。
往古は「神内」、文明14年以降は「御内」、慶安4年以降は「見内」と呼ばれました。
二村神社は、天平勝宝2年に正一位、鳥居の額は小野道風と伝えられています。文明14年の祭事の時に氏子の中で騒動が起こり、祭具が持ち分かれになり、他の村に二村神社が分かれたと伝えられています。
古市地区まちづくり協議会         -「社頭掲示板」-

古くは、酒井・犬山・宮田・小野原の4庄の氏神。文明14年(1482)、神事の件、村民口論ありて、各村分裂。宝物古文書紛失。各々社殿建立。
元亀元年(1570)、鳥居造営。
天正年間(1573~1591)、兵火により、社殿書類焼失。
元和年中(1615~1624)、荒廃する。
延宝6年(1678)、社殿復興す。
明治5年(1872)、本殿再建。
同6年(1873)、村社に列せられる。
天平正寶2年、正一位賜り、鳥居の額は小野道風の筆。
ー「兵庫県神社庁」ー

境内・社叢

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社頭掲示板

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参道                   社頭  左境内社

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狛犬

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割拝殿                  本殿

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本殿正面

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左境内社                 右手境内社

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境内社

地名・地誌

地 図

兵庫県篠山市見内1-3

交通アクセス・周辺情報

参 考

『延喜式の調査』さん、他

 - 篠山市(多紀郡) ,