官幣大社 別表神社 名神大社 生駒市・平群町・三郷町・斑鳩町・安堵町(生駒郡) 二十二社 奈良(大和国)

名神大 龍田大社

 

概 要

社 号 龍田大社

式内社(名神大) 大和国平群郡 龍田大社
式内社 大和国平群郡 龍田坐天御柱国御柱神社二座 並名神大 月次新嘗
読み:古 タツタニイマス アマノミハシラクニノミハシラ、現 たつたたいしゃ
所在地 奈良県生駒郡三郷町立野南1-29-1
旧地名 大和国平群郡
御祭神 天御柱命(あめのみはしらのみこと) 国御柱命(くにのみはしらのみこと)
祭礼 滝祭 4月3日
風鎮大祭 7月第一日曜

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
畿内:658座(大231座・小427座)
大和国:286座
大128座(並月次新嘗・就中31座預相嘗祭)・小158座(並官幣)
平群郡[ヘグリ]:20座 大12座 小8座
式内社(名神大)

中世社格制度  二十二社 中の七社
近代社格制度  旧官幣大社
社格制度廃止後 別表神社

創建     伝:第十代崇神天皇の御代
本殿様式   本殿二殿 春日造 桧皮葺

境内摂末社(祭神)

境内摂社
龍田比売神社・龍田比古神社・龍田恵美須神社

境内末社
枚岡神社・白龍神社
天満宮・春日神社・住吉神社・三室稲荷神社・高望王社
皇太神社・岩瀬杜・下照神社

境外社 神奈備神社

文化財

国指定重要文化財
宝相華彩絵奚婁鼓胴(ほうそうげさいえ けいろうこどう) 平安時代

一口メモ

今年の6月に交野市磐船神社から生駒市の生馬神社、平群紀氏神社のあと、参拝しようとして日没になり断念した神社だった。龍田神社から向かったのだが、思いの外遠かった。ようやく訪ねられたのでうれしかった。

歴史・由緒等

風の神(風神)として古くから信仰を集める。龍田の風神と総称され、広瀬の水神と並び称された。
天御柱命・国御柱命の二座に座す。又の御名を志那都比古命、志那都比売命と申し上げ伊邪那岐命、伊邪那美命の御子神である。

御由緒

第十代崇神天皇の御代に天下の公民が耕作に最も大切なる五穀を始め種々の作物は揮て凶作となり一年や二年にあらずして累年に及び更に悪疫が流行して天下は騒然でありました。天皇が非常に御心を悩ませ給い多くの卜占者に占はしめたが如何なる理由か其の根拠は全く不明に終わりました。茲に於いて御自ら天神地祇を祭らせ給ひて御誓約を行わせられ祈請を込められましたところ御夢に大神が現れ、給い吾は天御柱命国御柱命なり天下の国民の作れる物共を暴風洪水に遭いて凶作となり其他災害の起れるは我が心機の平安ならざるものあり、仍て吾宮を朝日の日向う処夕日の日隠る処の龍田の立野の小野に造営して吾前を鄭重に斎き祀らば五穀を始め何れの作物も豊穣ならしめ災禍も自ら終息して天下太平の御代と成るべしとの御神教がありましたので直に御悟しに従い社殿を此の地に造らしめ給い厳粛に奉斎せしめられました。其れ即ち当社の起源でありまして今より凡そ二千百年前の事であります。其の後は龍田の大神の御教への如く万作は豊熟し疫病は退散して太平の世の中となりましたので国民は大いに喜び天皇の殖産恵民の広き厚き大御心を仰ぎ尊び奉り深く感謝して和楽の御代の出現を忝く思い打ち揃って家業に勉励する様になりました。斯の如く誠に御神徳の高く広い大神であらせられましたから朝廷の御崇敬は極めて篤く春秋恒例の祭祀を始め臨時の祈願大祭には廃務を仰せ出だされ勅使が参向し弊帛其他貴重なる品々を奉献せられ盛大なる祭典を執行致しました事は古書に見ゆる所であります。
平安朝以後には当社を官幣の明神大社とせられ近畿諸社中朝廷の御崇敬最も厚き十六社又は二十二社の内に撰ばれ社名も実に高く勿論由緒顕著でありましたから明治四年五月十四日に早速官幣大社に列せられました。
大東亜の終戦後は制度の変革がありましたので

『延喜式』祝詞の「龍田風神祭祝詞」によれば、崇神天皇の時代、数年に渡って凶作が続き疫病が流行したため、天皇自ら天神地祇を祀って祈願したところ、夢で天御柱命・国御柱命の二柱の神を龍田山に祀れというお告げがあり、これによって創建されたという。正史では、天武天皇4年(675年)4月10日に勅使を遣わして風神を龍田立野に祀り、大忌神を広瀬河曲に祀ったと『日本書紀』の記述が初見である。『延喜式神名帳』では「大和国平群郡 龍田坐天御柱国御柱神社二座」として名神大社に列し、二十二社の一社とされた。
近代社格制度のもと、明治4年(1871年)に龍田神社として官幣大社に列した。
終戦後の社格制度廃止後は、龍田大社と称し神社本庁の別表神社と成っている。

一般民衆の信仰は広大なる御神徳に依り遠近各地より其の恩恵を享けて災難なく安全多幸を祈る参拝者或は名所古跡を訪れる文人詩客の参詣も甚だ多い。
紅葉の名所としても有名である。摂社・龍田比古龍田比売神社の祭神である龍田姫は秋の女神とされ、古来より多くの歌に詠まれてきた。

境内・社叢

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鳥居・社号標               鳥居扁額

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手水舎

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拝殿

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拝殿奥に本殿・幣殿と境内社

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本殿内は高い板垣で囲まれていて屋根の一部しか見られない。

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本殿左手 摂社:龍田比古神社(左)、龍田比売神社(右)    本殿右手 末社:上座(天照大御神、住吉大神)、中座(枚岡大神、春日大神)、望王の妃)

    

本殿左末社 三室稲荷神社 龍田恵美須神社 白龍神社

境内左手池 下照神社

地名・地誌

竜田(たつた・龍田)
竜田の名は百人一首の竜田川で、子供の頃から馴染み深い。

竜田川(たつたがわ)

竜田川は、大和川水系の支流で奈良県を流れる一級河川。上流を生駒川(いこまがわ)、中流を平群川(へぐりがわ)とも称する。奈良県生駒市の生駒山(いこまやま、標高642m)東麓を源として南流、流域に生駒谷、平群谷を形成している。生駒郡斑鳩町で大和川に合流する。

竜田川やその近くにある三室山は、百人一首にも登場している。とくに下流は紅葉の美しさから、歌枕として古来より多くの和歌に詠まれた。百人一首では二首撰ばれている。中でも在原業平の和歌は有名である。この歌を題材とした「千早振る」という落語もよく知られている。

ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
(古今和歌集 在原業平)
嵐吹く三室の山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり
(後拾遺和歌集 能因法師)

なお、この当時の竜田川は現在の竜田川(平群川)ではなく、大和川本流を指しているというのが定説。

地 図

奈良県生駒郡三郷町立野南1-29-1

交通アクセス・周辺情報

・JR三郷駅から徒歩7分
・近鉄信貴山下(しぎさんした)駅から徒歩20分またはJR三郷駅行きバス「三郷今井」下車徒歩5分

参 考

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