大社町(出雲郡) 官社(式内社) 島根(出雲国)

式内 因佐神社(出雲大社境外摂社)

概 要

社 号 因佐神社

式内社 出雲国出雲郡 因佐神社
出雲大社境外攝社
読み:古 イナサ、現在 いなさ
江戸時代は「速玉社」と称していた
所在地 島根県出雲市大社町杵築北3008
旧地名 出雲国出雲郡
御祭神
建御雷神(たけみかづちのかみ)
例祭日 1月13日・5月13日

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
出雲国 187座(大2座・小185座)
出雲郡(イツモ) 58座(大1座・小57座)

『出雲国風土記』「伊奈佐乃社」

近代社格制度 無格社

創建     天平5年(733)『出雲国風土記』に「伊奈佐乃社」と記載があるのでそれ以前にはあった。
本殿様式   向破風造 檜皮葺

境内摂末社(祭神) なし

一口メモ

稲佐の浜から日御碕へ向かう県道29号線が左に大きくカーブする。右折すると分かりづらい狭い道に屏風岩があった。さらに北に進むと神社。地元の年配の方が掃除をされていたので「ご苦労さまです」とお声をかけたら笑顔で会釈をされた。日曜はどこの神社でもよく見かける光景だが、それが当たり前で溶け込んだ自然さは、出雲は神社と人々の暮らしが一体感をもって大切にされているのだと特に感じる。

歴史・由緒等

祭神 建御雷神
この神は天つ神の御使いとして大国主大神の御許においでになり稲佐の浜に於て国譲りの交渉に当られた神であります。
鹿島神宮、茨城県鎮座の御祭神でもあります。
祭日 1月13日、5月13日、9月13日、12月25日

「社頭掲示板」

因佐神社は論社が3社ある。

(当社) 因佐神社 島根県出雲市大社町杵築北3008
〃 熊野神社 伊弉册尊 島根県出雲市大社町宇龍
〃 荒神社(八大荒神社)玉依姫命 島根県出雲市大社町杵築北2951

境内・社叢

  
鳥居                    『出雲国風土記』標柱

  
神橋                   手水鉢

  
神橋                       本殿

  
本殿側面                     旧社務所のようだ

地名・地誌

稲佐浜

  

国譲り、国引き神話の舞台

出雲大社の西にある海岸で、国譲り、国引きの神話で知られる浜。

浜辺の奥に大国主大神と武甕槌神が国譲りの交渉をしたという屏風岩があり、海岸の南には、国引きのとき、島を結ぶ綱になったという長浜海岸(薗の長浜)が続いています。

また、この浜は、旧暦10月の神在月に、全国の八百万の神々をお迎えする浜でもあります。

弁天島

稲佐の浜に一際目立つ丸い島があります。

古くは「沖御前」といい、遥か沖にあったといわれています。昭和60年前後までは、島の前まで波が打ち寄せていましたが、近年急に砂浜が広がり、現在では島の前まで歩いていけるようになりました。

神仏習合のころには、「弁財天」が祀られていましたが、今は豊玉毘古命(とよたまひこのみこと)が祀られています。

地元の人には「べんてんさん」と呼ばれて親しまれており、旧暦6月15日には「灘祭り」が行なわれています。

「出雲観光協会」

地 図

島根県出雲市大社町杵築北3008

交通アクセス・周辺情報

  

屏風岩(別名国譲り岩)

高天原からの使者として派遣された武甕槌神(たけみかづちのかみ)は、この岩を背にして、大国主大神と国譲りの話し合いをされたと伝えられています。

戦うことなく国譲りをされた大国主大神の「和を尊し」とするこころを感じてください。

稲佐の浜から50メートルくらい入った山手にあります。

「出雲観光協会」

参 考

「延喜式神社の調査」さん、他

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