式内 桑原神社(桑野本)

投稿者: kojiyama 投稿日:

概 要

社号 式内社 但馬国美含郡 桑原神社
読み:古 クハハラ 現 くわばら
江戸時代は「稲蔵神社」と称していた
所在地 兵庫県豊岡市竹野町桑野本字稲蔵1164
旧地名 但馬国美含郡竹野郷(旧桑原郷)桑原本村

御祭神 保食神(うけもちのかみ) 仁布命(にふ のみこと)
『国司文書 但馬神社系譜伝』 久禰布命
別宮 天熊人命
例祭日 10月14日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
美含郡(ミクミ):12座(並小)

式内 桑原神社(論社)
桑原神社 兵庫県豊岡市竹野町森本463-1
桑原神社 兵庫県豊岡市竹野町桑野本字稲蔵1164

近代社格制度 旧村社
創建     年代不詳(『国司文書 但馬故事記』『国司文書 但馬神社系譜伝』 人皇25代仁賢天皇の2年秋8月)
本殿様式

境内摂社(祭神)

『兵庫県神社誌』によると、
稲荷神社(稲倉魂命)・愛宕神社(火結神)・安長神社(級長津彦命)

一口メモ

江野の小江神社をたずねて178号線を進み、江野トンネルを通り、竹野町森本にある式内社・桑原神社に向かった。森本地区中心部にあるが、先に桑野本にある式内社の同名神社をめざす。地図を見るとずいぶん深い谷あいだ。地元に住みながら、はじめて桑野本集落を訪ねた。桑のついた神社や地名から昔は養蚕業がさかんだったのかと思いながら、竹野川に沿って細い県道135号を3kmほど進むと、左手に旧大森小学校がある場所が桑野本集落。まっすぐ行くと三原集落がある。まだ行ったことがないが遠そうなので今回はパス。右に曲がると桑野本会館がある。行きすぎて川南谷という高い場所の集落まで行った。小さな集落で人家は数軒あるが住まわれている気配は数軒だった。

さて戻って、会館の地図を見るとすぐ前に社域らしい森が見える。車を置かせてもらい、田んぼの細い舗装路を進むと、こんもりとした低い丘が社域で参道を進む。

歴史・由緒等

『国司文書 但馬神社系譜伝』『国司文書 但馬故事記』
人皇22代清寧天皇の5年夏6月、崇神天皇の皇子・豊城入彦命の五世孫*1 多奇波世君の五世孫 桑原臣は美含郡司となる。(*1『国司文書 但馬故事記』は八世孫)

多奇市は人皇21代雄略天皇の8年(464)夏6月、皇后のため、桑樹を大和の初瀬朝倉広原に作る。故に桑原臣姓を賜わる。

人皇25代仁賢天皇の2年秋8月、桑原臣多奇市はその父・久邇布を桑原邑に祀り、桑原神社と云う。(式内 桑原神社:豊岡市竹野町桑野本)

御祭神が保食神、仁布命となっているが、『国司文書 但馬神社系譜伝』『国司文書 但馬故事記』のある久禰布命のことのようである。但馬国府の置かれた豊岡市日高町祢布、あるいは、朱の原料である辰砂の丹生(ニフ、ニウ)と同義ではないだろうかとも考えられるが、由緒に桑原臣は養蚕と桑を植樹してこの地を開いた祖である。

境内・社叢


社叢

  
鳥居と社号標                   鳥居・社域

  
拝殿                       本殿

  
境内社 神社参道                 入り口左手境内社

  
境内社                      本殿奥境内社

『兵庫県神社誌』によると、
稲荷神社(稲倉魂命)・愛宕神社(火結神)・安長神社(級長津彦命)。

  
桑野本の大イチョウ

兵庫県指定天然記念物
桑原神社境内に生育するイチョウ。県内のイチョウとして、樹高四十四メートルは県内第一位、胸高周囲八・二メートルは県内第三位

地名・地誌

『国司文書別記 郷名記抄』(天延三年・975)
桑原郷
桑原郷は桑野臣在住の地なり。この故に名づく。今竹野郷を加うるの義あり。大臣家の懇望によるなり。
木谷村・苗原村・御幡村・綺部(カムハタベ)・蚕代部(コシロベ)・煮錬部・蚕内部・蚕南谷(省略)

大田文曰く(弘安年間:1278年から1287年まで)
竹野郷(タカノ)
今の村数29
宇日・由久比・竹野浜・切浜・草飼・松本・羽入・阿金谷・須谷(スダニ)・芦谷・小丸・鬼神谷・轟・下塚・大谷・金原・林・防岡・森本・神原・小城・二連原・御又・河内・門谷・須谷(スノタニ)・大森・桑野本・河南谷

地 図

兵庫県豊岡市竹野町桑野本字稲蔵1164

交通アクセス・周辺情報

参 考

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