奈良市 奈良(大和国)

式内 狭岡神社

概 要

社 号 狭岡神社
読み さおか
佐保丘天神、狭穂岡天神、狭岡天神等と称していた
延喜式神名帳 式内社 大和国添上郡 狭岡神社

所在地 奈良市法蓮町604
御祭神 若山咩之神(わかやまくいのかみ) 若年之神(わかとしのかみ) 若沙那比売神(わかさなひめのかみ) 弥豆麻岐之神(みずまきのかみ) 夏高津日之神(なつたかつひのかみ) 秋比売之神(あきひめのかみ) 久々年之神(くくとしのかみ)久々紀若室葛根之神(くくきふかむろつなねのかみ)
例祭日 10月9日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
畿内:658座(大231座・小427座)
大和国:286座
大128座(並月次新嘗・就中31座預相嘗祭)・小158座(並官幣)
添上郡(そえがみ):37座(大9座・小28座)

近代社格制度 旧村社
創建     霊亀2年(715) 藤原不比等が創立
本殿様式   春日造銅板葺

境内摂末社(祭神)

四所神社(伊弉諾大神・天照大神・住吉大神・春日大神・天満大神・八幡大神)

惣社殿(地主之神・金山彦神・事代主神)

一口メモ

2年前、一度社頭まで来たがある事情で参拝できなかった神社。県道104号線から北へ狭い道を登ると突き当りに小高い杜がある。すぐ東が県立奈良高校の裏手になる。狭穂姫の伝説地で『佐保の丘』という語から「ホ」が欠落し『サオカ』となったとも云われている。日没近かったので、ゆっくりできず、奥に行けなかったが狭穂姫伝承の鏡池や石碑がある。

歴史・由緒等

狭岡神社由緒

本狭岡神社は霊亀2年(西暦715年)藤原不比等(淡海公)が国家鎮護、藤原氏繁栄のため勅許により己の邸宅佐保殿の丘上に天紳八座を祭祀し崇拝しました。これが佐保丘天神、狭穂岡天神、狭加岡天神となって今の狭岡神社になったのであります。
次いで藤原淡海公は、天平神護景雲年間に河内の国枚岡より藤原氏の租紳である、春日大明神を大和の国奈良の御蓋山へ移され斎祀せられました。これが今の春日神社であります。それ以来国政の大事や、氏神春日詣でには藤原氏一門が(公家、女官たち)この佐保殿に集まり必ず狭岡天神に参籠して「日待ちの神事」奉行精進潔斎して、それより日の出を待って国政に掌り、春日社詣でをしたと古事に出ています。
現在の狭岡神社は佐保の里一円の氏神様で昔から産業の天神、智慧の天神、災難よけの天神さんであると崇拝され、その霊験あらたかなことは氏子中ではよく知られているところであります。

-由緒記より-

境内・社叢


鳥居

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境内                   拝殿

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狛犬

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瑞垣                   本殿

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本殿左惣社殿

地名・地誌

地図

奈良市法蓮町604

交通アクセス・周辺情報

参 考

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