奈良市 奈良(大和国)

率川神社(式内 率川坐大神御子神社)

概 要

社 号 率川神社

大和国添上郡 率川坐大神御子(いざがわにますおおみわみこ)神社三座、大神神社境外摂社
摂社 式内社 率川阿波神社
読み: 古 イサカハノ、現 いさかわ
所在地 奈良市子守町18
旧地名 大和国添上郡
御祭神 姫蹈鞴五十鈴姫命(ひめたたらいすずよりひめのみこと(神武天皇皇后) 中殿
玉櫛姫命 (御母神)  右殿
狹井大神 (さいのおおかみ・御父神) 左殿
例祭日 率川神社(子守明神) 三枝祭(ゆりまつり)6月17日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
畿内:658座(大231座・小427座)
大和国:286座 大128座(並月次新嘗・就中31座預相嘗祭)・小158座(並官幣)
添上郡(そえがみ):37座(大9座・小28座)
式内社

近代社格制度

創建
本殿様式   三棟並びの本殿

境内摂社(祭神)

住吉社(御祭神 住吉大神)・式内社 率川阿波神社(御祭神 事代主神)・春日社(御祭神 春日大神)

一口メモ

早朝、JR奈良駅前の東。三条通の近鉄奈良駅の西に南北に通る「やすらぎの道」西側にあるが、左折の方がしやすいので広い川崎町交差点から馬場町交差点を左折し300m西側に鳥居がある。

歴史・由緒等

当神社は飛鳥時代、推古天皇元年(593)大三輪君白堤が勅命によっておまつり申し上げた奈良市最古の神社です。

御祭神の媛蹈韛五十鈴姫命は、初代神武天皇の皇后様で、ご聡明にして、よく内助の功をおたてになりました。全国の神社の中で皇后様を主祭神とした神社は数えるほどしかありません。

三棟の本殿左側には父神の狭井大神、右側には母神の玉櫛姫命をお祀りし、中央にお祀りするお子様(媛蹈韛五十鈴姫命)を両親がよりそうようにお守りになられる姿で鎮座されることから、古くより「子守明神」とたたえられ、安産、育児、生育安全、家庭円満の神様として県内外から篤い信仰がよせられています。

父神の狭井大神は生活全般の守護神であり、福寿の神である大神神社の大物主大神と同じ神様であり、媛蹈韛五十鈴姫命が大物主大神のお子様にあたられることから、率川坐大神御子大神社の名で「延喜式」にも記載されています。
本殿は一間社春日造、檜皮葺の社殿を南向きに三殿並列させたもので、近世初頭の形式を伝える建物として県の指定有形文化財となっています。平成19年には江戸末期、文久2年(1862)以来の本殿保存修理が竣工し、朱塗りの色も鮮やかに甦りました。

-『神社公式サイト』-

境内・社叢

  
手水舎                  社務所

  
本殿内は垣があってうまく撮れない      境内社

住吉社(御祭神 住吉大神)・式内社 率川阿波神社(御祭神 事代主神)・春日社(御祭神 春日大神)

当神社は、推古天皇元年(五九三年)に 大神君白堤がお祀り申上げた奈良市に 於ける最古の神社であります。
三枝祭は、その起源も古く、文武天皇の大宝元年(701)制定の「大宝令」には既に国家の祭祀として規定されており、大神神社で行われる鎮花祭と共に疫病を鎮めることを祈る由緒あるお祭りであります。
昔、御祭神姫蹈韛五十鈴姫命が三輪山の麓、狭井川のほとりにお住みになり、その附近には笹ゆりの花が美しく咲き誇っていたと伝えられ、そのご縁故により、後世にご祭神にお慶びいただくために酒罇に笹ゆりの花を飾っておまつりする様になったと言い伝えられています。
国が行うお祭りとして重んぜられた三枝祭は、平安時代には宮中からの使いが御供えの幣物や神馬を献上するなど、非常に丁重な祭祀が行われましたが、後世いつの間にか中絶していたのを明治十四年再び古式の祭儀に復興され、現在に及んでいます。
このお祭りの特色は、黒酒、白酒の神酒を「罇(そん)」「缶(ほとぎ)」と称する酒罇に盛りその酒罇の周囲を三輪山に咲き匂う百合の花で豊かに飾り、優雅な楽の音につれて神前にお供えする事です。又神饌は古式に則り美しく手が加えられ、折櫃に納めます。そして、柏の葉で編んで作ったふたをして、黒木の御棚と言う台にのせて宮司自らがお供えします。

阿波神社(えびすさん)例祭 6月17日 初戎 1月5日(奈良最古のえびすさん)
-境内案内より-

地名・地誌

地 図

奈良市子守町18

交通アクセス・周辺情報

参 考

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