丹波市(氷上郡) 旧村社 京都(丹波国)

蟻の宮(式内 高座神社・東芦田) 

概 要

社 号 蟻の宮(式内 高座神社)

式内社 丹波国氷上郡 高座神社
通称:「蟻の宮」「蚕の宮」とも称される
読み: 古 タカクラノ 現 たかくら
所在地 兵庫県丹波市青垣町東芦田2283
旧地名 丹波国氷上郡
御祭神
大日靈尊(おおひるめのむち のみこと)、天兒屋根命(あめのこやね のみこと、經津主命(ふつぬし のみこと)、武甕槌命(たけみかずち のみこと)、仲哀天皇

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
丹波国(タンバ):71座(大5座・小66座)
氷上郡(ヒカミ):17座(並小)

近代社格制度   旧村社

創建     寛文10年(西暦1670年)
本殿様式   流造 銅板葺

境内摂社(祭神)

一口メモ

北近畿豊岡道路(春日和田山道路) 「青垣IC」 から東へ5分。
青垣ICを 県道7号線 方面に向かって800 m進む。
左折して県道7号線に入る (大阪・明石 の表示)
1.6 kmで左折する。450 mで右折、1.3 kmの左に隣接。

丹波地方には、高座神社という同じ社名が、丹波市に2カ所、綾部市に2カ所ある。何か共通する意味があるのだろうか、調べてみたい。

【高倉】
・ネズミの害や湿気などを防ぐために、建物の床を高くし、柱で支える構造の倉。
【高座】
「たか」は、ここでは「高いもの・尊いもの・優れたもの」で、「かみ(上・神)」と同義。「かみ(上・神)」が坐す所。「くら」は、「合わす所・在る所・居る所・現る所」の意。

高座は、神名・地名ではなく、神が坐(い)ます所を表している。

歴史・由緒等

「蟻の宮」「蚕の宮」とも称される。

御由緒
傳へいふ仲哀天皇穴門行幸の前年民の疾苦を憐み式内大臣を隨へ當国巡狩の際當地に 滞留せられ當社を創立せられ高座神社と稱し給ふと文武天皇慶雲三年春夏の間天大い に旱し村民社前に雨を祈る事數日忽ち巨蟻群出し俯仰して誘導の姿容を示せしかば村 民其行く所を追ふに凡そ八町餘にして蟻遂に見えず里民之れ神霊なりとして其歩みし 跡を掘りて清水を得穀物の豊熟を得たり之より世俗蟻の宮と仰ぐ又村民国の幸福を興 さんため當社に参篭せし時神夢に告げて曰く汝世利を謀らば須らく養蠶の權輿なり弘 仁四年嵯峨天皇勅額を下賜せらると傳ふるも弘化三年別當觀蓮發狂の際焼失す江戸時 代上下の崇敬篤く皇室に於かせられては明和九年十二月一日仙洞御所より翠簾一連を 寄進あらせられ武門にありては慶長六年八月當郡由良の城主別所吉治神燈田を寄進し 次いで柏原藩織田出雲守自筆の扁額一面を、安永六年八月豫州宇和郡吉田城主伊達村 賢青銅製重量壹貫七百目の金燈篭一箇を何れも奉納せり明治六年十月村社に列せらる。

当社は人皇14代、仲哀天皇(いまより約1800年程前)にお祀りになられた御社で、天皇が中国地方の穴門へ行幸の前年にこの地方の村民が流行病で難渋しているのをご心配になられ 武内宿禰をお供としてお見舞いになり、この社に参拝され「病気平癒」を祈願され、お宮の名前を高座(たかくら)と名付けられました古社であります。以前は高座谷にありましたが、 寛文10年(西暦1670年)にこの地へ遷座されました。

延喜年中(西暦901年~923年)当郡式内社に列せられ、弘仁4年(西暦813年)嵯峨天皇より勅額を賜りました。
しかし、古記・宝剣・勅額等は弘化3年(西暦1846年)別当観蓮失火のため惜しくも焼失してしまいました。現在の本殿は間口2間半・奥行き1間余り、四方に廻縁がある大宮ツマ造りと いわれております。また当神社は別名を蟻の宮と称えています。今を去ること夏おおいに旱魃の年、村民多数高座神社に参拝し七昼夜、雨乞いの祈願を致しました。 七日目の夕方、村人の1人が大きな蟻が御社殿から這い出て、列を作っているのをみつけました。蟻の列をたどっていくと蟻が窪みの所で消えていなくなっていました。蟻が消えた窪みを掘り返して みると、清水がコンコンと湧き出てきました。村民は驚き感激して、溝を通し田に水をたたえ枯れかけた稲は青く蘇りました。この年、芦田の谷では豊作の年を迎えることが出来たのです。今日でも水路に水神様の祠を作り、お祭りを続けています。又、境内社の馬鳴神社は蚕の宮といわれ氷上郡内の豊かな生活を求め、 当社に参拝し、「養蚕を始めよ。守護する神は保食神なり」と夢のお告げにて村民は驚き、広く養蚕を営むようになりました。ここに青垣の地方は蚕を飼うようになり、今日では五穀豊穣、諸業繁栄、延命長寿、 無病息災の社として参拝されております。そしてその証が盃状穴として残っています。盃状穴とは先人の人達が悩み、苦しい時神社に参拝し祈りを捧げさらに「願」を 掛けて祈りました。手水鉢や灯篭の台石や階段の踏石等に「ノミ」で穴をあけ、祈ったと言われており、又、その穴に油を注ぎ祈ったとも言われております。石に盃状の穴が今日まで残り 先人の深く篤い祈りの証であり、盃状穴(下図の赤い印)のある御社として御参拝下さい。

-高座神社HP-

延喜式神名帳には、氷上郡の式内 高座神社として同社と次の2つある。いずれも古社である。

式内 高座神社論社

御祭神 高倉下命 兵庫県氷上郡久下村谷川字式垣内3557

境内・社叢

  
社叢                   鳥居


社頭掲示板 盃状穴

盃状穴とは先人の人達が悩み、苦しい時神社に参拝し祈りを捧げさらに「願」を 掛けて祈りました。手水鉢や灯篭の台石や階段の踏石等に「ノミ」で穴をあけ、祈ったと言われており、又、その穴に油を注ぎ祈ったとも言われております。

  
手水舎                      右手にふくろうなどの木彫彫刻

  
参道石段・鳥居                  拝殿


社殿:本殿 拝殿

  
本殿左側の境内社             境内右側の境内社

参道前の境内社

  
本殿右側の境内社            石段手前の摂社

神社公式サイト

現地情報

地名・地誌

地 図

兵庫県丹波市青垣町東芦田2283

交通アクセス・周辺情報

舞鶴若狭道 「春日JCT」 → 北近畿豊岡道路(春日和田山道路) 「青垣IC」 から東へ5分
播但連絡道路 「和田山JCT」  → 北近畿豊岡道路(春日和田山道路) 「青垣IC」 から東へ5分

参 考

高座神社神社HP

コメントを残す