式内 伊由神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

Contents

概 要

社号 式内社 但馬国朝来郡 伊由神社
読み:古 イフ 現 いゆ
通称:大森神社
江戸時代は「大森大明神」と称していた
所在地 兵庫県朝来市伊由市場字谷口243-1
旧地名 但馬国朝来郡伊由郷伊由村

御祭神
稚産霊命(わくむすび のみこと) あるいは 少彦名命(すくなびこな のみこと)
例祭日 10月17日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
朝来郡(アサコ・あさご):9座(大1座・小8座)

近代社格制度  旧村社

創建
本殿様式    流造柿葺

境内摂社(祭神)

護国の宮・金比羅神社・寿賀神社

一口メモ

但馬国式内社131座も残す所、朝来郡の三社となった。

国道312号の和田山一本柳交差点の南の直線区間、伊由市場交差点にある大鳥居は、遠くからでもよく見える。その大鳥居は、青倉神社のもので1949年、氏子らが建立したもの。 青倉神社と市場の伊由神社、能座の小手巻社も、朝来郡伊由郷の中心が伊由市場で、伊由郷の市場村と山内村の中間に位置するなど、両村の氏神として現在地に祀られたことは間違いないだろう。伊由神社は国道から青倉山に向かう県道526号線沿いの伊由市場東方に鎮座する。

歴史・由緒等

創立年月不詳

延喜式の制小社に列し、明治6年(1873)10月村社に列せらる。

「兵庫県神社庁」

『但馬故事記』

人皇37代孝徳天皇大化三年、(朝来軍団の)大穀大伴宿祢左中は、その祖道臣命を佐嚢丘に祀り(式内佐嚢神社)、少穀物部連飛鳥は、その祖伊香色男命を八代丘に祀り(式内八代神社)、旅師鹿万呂は、その祖伊由臣彦命を伊由丘に祀る(当社)。

境内・社叢

  
鳥居                        社号標

  
境内                        手水

  
古い手水                      本殿覆屋

   

狛犬

  
本殿覆屋                      本殿扁額には「無位大森大明神」

 
  
左手境内社                 右手境内社

地名・地誌

伊由(イユ)

「和名抄(倭妙類聚抄)」伊田郷。
「校補但馬考」伊田郷に、
(倭妙類聚抄に伊田)延喜式を考えれば、(伊由神社)これ伊由郷なり。由と田と文字似たる故、伝寡の誤れるを、そのまま国字(カナ)付けしなり。今は、伊油ノ庄と云う。

「国司文書別記 第二巻 朝来郡郷名記抄」伊由郷に、
伊由郷は、すなわち木綿(ユフ)郷なり。穀糹宇栽培の地。伊佐布魂命(いさふたまのみこと)の末裔・麻布魂命(あさふたまのみこと)この地にあり、穀糹宇を作る。故に麻布御魂神社あり。

麻布御魂神社はどこだろう?
※糹宇は麻の一種。
※上古、木綿を「ユフ」と云った。今風に発音すれば「ゆう」でいゆに転訛した。

地 図

交通アクセス

JR播但線「青倉駅」より南東へ1100m

周辺情報

参 考

『延喜式の調査』さん、他

但馬の神社と歴史三部作

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