式内 加毛利神社
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概 要
現社号 式内社 出雲国出雲郡 加毛利神社
読み: かもり
江戸時代は「宮崎大明神」と称していた
所在地 島根県出雲市斐川町神氷神守1779
旧地名 出雲国出雲郡
御祭神 天津彦火火出見命(あまつひこほほでみ のみこと) 豊玉毘売命(とよたまひめ -) 天津彦瀲武鵜草葺不合命(あまつひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)
配祀 大歳御祖命 御年神
鵜草葺不合尊『雲陽誌』『出雲国式社考』
例祭日 10月19日
社格等
『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
出雲国 187座(大2座・小185座)
出雲郡[イツモ]:58座 大1 小57
天平5年(733)2月30日「加毛利社」
近代社格制度 旧村社
創建 年代不詳だが、天平5年(733)『出雲国風土記』に「加毛利社」と気合されているのでそれ以前にあった
本殿様式 大社造 合金板葺
境内摂末社(祭神) なし
一口メモ
ナビに従って細い道から入ったら社頭には橋を歩いてわたる。着くと反対側から道路があるが式内社であるならばなおさら神社の鳥居がないのでおかしいと思い、一旦反対側へ回り探したが不思議だった。下記の由来をみれば鳥居がない訳が分かった。
歴史・由緒等
神社名および地名の由来豊玉毘売命が鵜草葺不合命をご出産の時、周りに多くのカニが集まったため、側に使えていた神がカニを掃いて命をお守りした。命は大層お喜びになり、その神に「蟹守」の名を与えられた、後にカニモリ→カモン(掃部)→カモリ(加毛利)→神守、と変わり今日に至っている。
鳥居のないお宮
加毛利神社には鳥居がない、これは御祭神が天つ神であり国つ神の大国主命を祭る出雲大社より大きい鳥居でなくてはならないということから建てられていない。従って氏子の家も門を造らないという。
「社頭掲示板」
境内・社叢
神社参道入り口の橋(神橋)
社号標 島根県の標柱
手水舎 注連柱
拝殿 拝殿扁額
本殿側面 本殿覆屋
地名・地誌
地 図
交通アクセス
周辺情報
参 考
「延喜式神社の調査」さん、他
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