式内 赤淵神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

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概 要

社 号 式内 赤淵神社

式内社 但馬国朝来郡 赤淵神社
読み:古 アカフチ 現 あかぶち
所在地 兵庫県朝来市和田山町枚田上山2115
旧地名 但馬国朝来郡賀都郷
御祭神 大海龍王神 赤渕足尼神 表米宿禰神
『国司文書 但馬神社系譜伝』赤渕宿祢命(亦名は伊理泥命)
例祭日 10月17日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
朝来郡(アサコ・あさご):9座(大1座・小8座)

近代社格制度 旧県社

創建     継体天皇25年(531?)9月
『国司文書 但馬神社系譜伝』に、人皇10代崇神天皇の十年秋九月のち
本殿様式   流造柿葺(昭和45年に国の重要文化財に指定)

境内摂社(祭神)

金刀比羅宮・絹巻社・三宝荒神・秋葉神社・枚田稲荷神社・護国神社・池に小社2社

文化財

本殿 流造柿葺(国指定重要文化財)
木造阿弥陀如来坐像(市指定文化財)

一口メモ

但馬国式内社131座制覇も、ここ赤淵神社とあと4社となった。

枚田と書いて「ひらた」と読む。和田山中心街から旧国道312号線を南へ。枚田小学校からさらに小山の南側も枚田地区で南北に長い。道淵に県社赤淵神社の立派な社号標が立つ角の細い道を暫く進むと、「左寺 右お宮」という古い昔のままの石の道標がある。そこを進むと保育園の向かいに赤淵神社の社号標と丘が目に入る。

歴史・由緒等

社伝によると、継体天皇25辛亥年9月創建。

日下部氏の奉祭する神社で、一説には、日下部氏の祖・表米宿禰命が外寇討伐のおり、沈没しかけた船を、大海龍王が、アワビの大群を用いて救ったといい、大海龍王神=赤淵明神と考えられている。

また、一説には、表米宿禰命が外寇討伐のおり、大風が吹いて船舶が破壊された時、粟鹿神に祈ったところ、神験があり、これを祀ったとも云われ、赤淵明神を粟鹿神と同じ神とも考えられている。

赤淵の名は、赤渕足尼命からとられたものと思われるが、赤渕足尼命は、表米宿禰命の祖。

『国司文書 但馬神社系譜伝』
人皇10代崇神天皇の十年秋九月、

彦坐命の御子・伊理泥(いりね)王、父の名に従って、丹波青葉山の強賊陸耳御笠を討って功をなす。
のち沫氵和(あはなき)神の御霊『潮干珠』を赤渕宮に奉安す。鎮座し終わるところの瑞鮑というは是なり。(日下部伝の説は事実において信じ難し。故にあえて載せず)
伊理泥王は、のち丹波の味沢を領す。味沢は穴沢にして、いわゆる穴渕なり。

『国司文書 但馬故事記』
人皇10代崇神天皇の十年秋九月、丹波国青葉山の賊、陸耳ノ御笠(くがみみのみかさ)、群盗を集め民物を略奪す。その党(なかま)狂土蜘蛛多遅麻に入り、盗みを行う。
天皇、彦坐命(ひこいます のみこと)に命じて之を討たしめ給う。
御子の将軍丹波道主命とともに、は但馬・丹波国造・県連等を率いて、丹波と越若狭との国境に至る。(中略)

天皇その功を賞し、(彦坐命に)丹波・多遅麻・二方の三国を給う。
12月7日、彦坐命は諸将を率いて、多遅麻粟鹿県(あわがのあがた)に下り、刀我禾鹿(とかのあわが)に宮居す。鮑(アワビ)は塩ヶ淵(のち味沢と云う)に放つ。水凅(枯)れるたるのち枚田の高山の麓の穴淵に放つ(のち赤淵神社に祀ると云う)。のち再び勅を奉じ、諸将を率いて背面(そとも)の諸国を巡察し、その平定を奏す。
天皇勅して、姓を日下部足尼(すくね=宿祢)と賜い、諸国に日下部を定め、之を彦坐命に賜う。
11年夏4月、宮に還り、諸将を各地に置き鎮護(まもり)と為す。
(中略)

『国司文書 但馬故事記』
第15代神功皇后は神教を奉じ、自ら新羅に征する元年(201)春3月、
朝来県主・武田背命をもって、奉幣使とし、新羅の降伏を粟鹿神に祈る。

立朝の3年(203)春2月、
神徳あらわるをもって、県主武田背命によって社殿を造営し、勅使門を建てしむ。
また、武田背命の子・武身主命に命じて、潮涸珠(しふるたま)*を相殿に納め、これを祀らしむ。これを沫氵和(あはなき)神と云う。

*潮涸珠(しふるたま) 潮を引かせる霊力があるという玉。大きさの違う円柱を4段重ねた形をしている。

朝来市HPによると、赤淵神社の本殿は、室町時代初期に建てられた式内社で、国の重要文化財に指定されている。三間社流造り、こけら葺、蟇股(かえるまた)、懸魚(げぎょ)、妻窓などに当時の建築様式を残しています。 楼門、神門、勅使門と三門が現存しており但馬でも他に類を見ない見事な神社である。

赤渕足尼命(アカフチノスクネノミコト) は、竹田の表米神社の祭神表米宿彌命の祖神。(足尼は宿禰(祢)と同じ)

境内・社叢

  
社叢                      味のある社号標と鳥居

  
御神門                     神社由来案内板

  
楼門

  
手水舎と勅使門                  勅使門

  
門の傍らに三重塔の礎石


別当神淵寺か?!神宮寺だった当時の本堂風な社務所

  
境内                     拝殿

  
拝殿                     拝殿扁額

  
本殿                     拝殿と本殿の渡り廊下

  
摂社 金刀比羅宮                  境内社 秋葉神社、三宝荒神、絹巻社、

  
護国神社                   稲荷社


大神宮と記されたかつての社石標


社殿前の相撲桟敷               土俵

地名・地誌

枚田(ひらた)

『但馬郷名記抄』 朝来郡賀都郷赤渕村

『但馬神社系譜伝』 赤渕神社 朝来郡牧田丘鎮座

地 図

交通アクセス・周辺情報

JR山陰本線「和田山駅」より南へ3km

参 考

但馬の神社と歴史三部作

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