式内 走落神社(滋賀県長浜市)
Contents
概 要
社 号 走落神社
読 み はしりおちじんじゃ
式内社 近江国伊香郡 走落神社
別 名
所在地 滋賀県長浜市高月町馬上1181
御祭神
度会延経『神名帳考証』『近江伊香郡志』速飄別命
御神紋 立鹿
例祭日 4月9日
社格等
古代社格制度『延喜式神名帳』
東山道 式内社382座 大42(うち預月次新嘗5) 小340
近江国 155座 大 13座 小 142座
伊香郡 46座 大1座 小45座
近代社格制度 旧村社
創建 神亀年間
本殿様式 一間社春日造檜皮葺
拝殿様式 入母屋造 間口三間 奥行二間三尺
境内摂末社(祭神)
意富布良神社
文化財
一口メモ
JR高月駅の東。国道365号線町の阿弥陀橋の東で大きくカーブするところから県道332号線に曲がりすぐ東へ右折する突き当り馬上区集会センター隣接地に鎮座する。
歴史・由緒等
当初の創祀については、度重なる火災の為め、社蔵の文書を失い之を明確にすることを得ないが、古く神亀年間の創立と伝承する。往古は当村を走落村と称し、氏神の名を村の名称とした。
仁和年間当地に名馬を産し、之を宇多天皇に献上、天皇大いに之を賞でられ、馬上の2字の辰筆の額を賜り背後の山麓に一祠を建立し納む。後にこの地を宇多山と称するに至った。後神託により鳥居に掲げた。その頃北国脇往還路として武門武将の往来繁く、この鳥居を通過の際は、必ず下馬拝礼した後に乗馬したと伝え、今もこの鳥居の近くに馬乗場という地名も現存する。
天正11年賤蛾ヶ岳の合戦に際し豊臣秀吉美濃国より乗馬で来た折に、この鳥居の手前にて下車し戦勝を祈願したと伝える。天明7年大火ありて1村悉く焼失し、鳥居の扁額又社蔵文書も焼失した。延喜式内社。明治9年村社に加列。明治41年神饌幣帛料供進指定。「社頭掲示板」
境内・社叢
鳥居・社号標
手水舎 二の鳥居
狛犬
拝殿
地名・地誌
地 図
交通アクセス・周辺情報
裏山に山田山古墳群
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