式内 面沼神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

Contents

概 要

社 号 面沼神社

式内社 但馬国二方郡 面沼神社
読み:古 メヌ、現 めぬま

所在地 兵庫県美方郡新温泉町竹田字米持前1
旧地名 但馬国二方郡八太郷竹田村
御祭神 倉稻魂命(ウカノミタマ) 美尼布命(ミネフ) 天穗日命(アメノホヒ)
配祀神 倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)・天穂日命(アメノホヒノミコト)・保食命(ウケモチノミコト)・稚産霊命(ワカムスビノミコト)・天神地祇(アマツカミクニツカミ)・伊弉諾命(イザナギノミコト)・伊弉冊命(イザナミノミコト)・素盞嗚命(スサノオノミコト)

『国司文書 但馬神社系譜伝』 武田折命(タケダオリノミコト)
例祭日 10月1日 秋季例大祭

社格等

古代社格制度
『延喜式神名帳』式内社
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
二方郡:5座 並小

近代社格制度 旧郷社
創建     大化3年(647)7月
本殿様式   春日造 柿葺

境内摂社(祭神)

一口メモ

国道9号と岸田川を浜坂へ行く県道47号線交差点北。旧参道へは橋がまっすぐかかる。

歴史・由緒等

二方郡総社だった古社
面沼は「めぬま神社」だが延喜式神名帳には「面沼(メヌ)」とふってある。

由 緒
一の鳥居は湯谷、二の鳥居は伏拝み、三の鳥居は宮前と伝えられ、後山の徳原さんには奥宮の米持神社が祭られる。

延喜の時(927)、大化改新(645)による律令制度が式に整えられた。

弘化4年(1847)、温泉庄一八ケ村の村人によって創立1200年祭が三日間にわたって斎行。

明治になり、面沼神社と改称。

明治6年(1873)、郷社に列せられる。

-「兵庫県神社庁」-

『国司文書 但馬神社系譜伝』
人皇三十七代孝徳天皇の大化三年(648)秋七月、当国大穀・大黒冠・湯母(ユヲモ)竹田連面沼命これ(武田折命)を祀る。

『国司文書 但馬故事記』第八巻 二方郡故事記

人皇三十七代孝徳天皇二年(646)五月、
二方国造真弓射早彦命に勅して、当国の甲冑および弓矢を広い場所に収め、兵庫(やぐら)を作り、軍団を設けさせました。

物部連(もののべのむらじ)武田折命(武田背だろう)の末裔・湯母竹田連面沼(めぬま)をもって、大穀*1となし、
天道根命の孫・彦真倭命の末裔・大家首高志をもって、小穀*1となし、
二方国造・須賀大中彦命の子・須賀狭津男命の末裔・須賀美津男・須賀須寿男および二方国造の子・和田佐中彦をもって、校尉*1となし、
前原須賀流・金屋都賀男・葦屋与志以・釜屋与志男・熊野賀都与・角鹿佐波治をもって、旅師*1となし、
伊角力・伊角牛・伊角真・伊角了・千原広・千原武・和田佐猪知・和田鶴井・金屋由・金屋堅を以って、隊正*1としました。
(註:美方郡新温泉町に竹田・釜屋・金屋・和田・伊角・千原あり。須賀は、須賀神社がある宮脇の古名・大家は大家神社がある二日市の古名だろう)

およそ兵士の軍行においては、すなわち
弓一張・征矢(ソヤ)50隻・太刀一口・一火
駄馬6頭・一隊の駄馬30頭・一旅の駄馬400頭・革鼓(カクコ)2面、軍穀これを掌り、
大角2口、校尉これを掌り、
小角4口、旅師これを掌り、
努弓(イシユミ)2張、隊正これを掌る。
これを当国の軍制としました。

当国の大穀・竹田連面沼は、
葦田首道雄を召して、刀剣鉾族を鍛えさせ、
楯縫連美佐雄を召して、楯を縫わせ、
矢作連媒鷹(やはぎのむらじをたか)を召して、弓矢を作らせました。
その物が完成すると兵庫に収めました。これにおいて、兵主神を祀り、軍団の守護としました。これを射所兵主神社と云います。
またその祖・武田折命を兵頭丘に祀り、面沼神社と称え祀りました。(式内 面沼神社:新温泉町竹田)
小穀・大家首(おびと)高志は、その祖・天道根命の孫・彦真倭命を大庭丘に祀り、大家神社と申し祀りました。(式内 大家神社:美方郡新温泉町二日市)
校尉・須賀美津男は、その祖・須賀狭津男命を波多丘に祀り、須賀神社と申し祀りました。(式内 須賀神社:美方郡新温泉町宮脇)時は大化三年(647)秋七月なり。

これに倣い、葦田首道雄は、その祖・天目一箇命を細田丘に祀り、葦田神社と称え祀りました。

*1 軍団

軍団の指揮に当たるのは軍毅であり、大毅(だいき)、小毅(しょうき)、主帳(さかん)がおかれ、その下に校尉(こうい)・旅帥(ろそち)・隊正(たいしょう)らが兵士を統率した。
千人の軍団(大団)は、大毅1名と少毅2名が率いた。六百人以上の軍団(中団)は、大毅1名と少毅1名が率いた。五百人以下の軍団(小団)は、毅1名が率いた。大毅1名と少毅1名なので、気多団の場合は、600から1000人までの中団規模でなないだろうか。

境内・社叢

  
鳥居                       新しい社号標 式内社 郷社 面沼神社と刻まれている

  
鳥居                       参道

  
拝殿                       拝殿内部 社殿内部を撮影するのは気が引けるのだが、拝殿は御神体を祀る本殿ではないのと記録として残すためです。

  
拝殿・本殿覆屋                  境内社

但馬の七不思議の一つ、雪の中を境内の女奴池で茗荷が摘まれ、神に捧げられる。古来、人々その芽を見て年の吉凶を占う。また、当日は裸参りが行なわれるが、風邪をひくこともなく命延びると云い伝えられている。「命賀メデタヤ、富貴ハンジョウ」、茗荷を拝して健康と富を頂くお祭りです。
-「兵庫県神社庁」-

地名・地誌

竹田

『但馬郷名記抄』 二方郡八太郷面沼村

『但馬国神社系譜伝』 竹田村

地図

兵庫県美方郡新温泉町竹田1

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式神社の調査」さん、他

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