Contents
社 号 戸牧神社 (古社名 矢作神社)
読み とべら
『国司文書 但馬故事記』矢作神社と称す。(また鳥迷羅神社)
所在地 兵庫県豊岡市戸牧字福井1393
旧地名 但馬国城崎郡城崎郷
御祭神 高皇産霊神(たかみむすびのかみ)
『国司文書 但馬故事記』には、経津主命(ふつぬしのみこと)
例祭日
式外社
近代社格制度 旧村社
創建
本殿様式
国道312号線から豊岡病院方面へ。豊岡病院手前交差点を右折し、600 mで左折する。約130 mで交差点を大きく右方向に曲がると左手山側に鳥居がある。鳥居をまっすぐ24 m進む。
戸牧(とべら)
『国司文書別記 城崎郡郷名記抄』
黄沼前郷(古語は杵努佐伎、今は城崎郷)
黄沼前郷は古の黄沼海(キヌマウミ)なり。この故に名づく。昔は上(かみ)、塩津大磯より、下(しも)、三島に至るの間一帯の入江なり。これを黄沼海という。黄沼は泥の水湛*なり。故に黃沼というなり。(*水湛は水たまり、湛水は水をたたえること。つまり沼地のこと。)
黄沼前島は、黄沼島・赤石島・鴨居島・結浦島・鳥島・三島・小島・小江・渚浦・干磯・打水浦・大渓島・茂々島・戸浦など、その中にあり。
天火明命(あめのほあかりのみこと)開闢(かいびゃく)の時、すでに所々干潟を生じ、浜をなす。あるいは地震・山崩れにて島湧き出で、草木青々の萠(きざ)しを含む。天火明命 黄沼前を開き、墾田となす。
故に天火明命 黄沼前島に鎮座す。小田井県神これなり。
降りて、稲年饒穂命(いきしにぎほのみこと)・味饒田命(うましにぎたのみこと)・佐努命(さぬのみこと)あいついで西岸を開く。与佐伎命は、浮橋をもって東岸に渡り、鶴居岳を開き、墾田となす。故に世開神という。
鶴居岳は、また鵠鳴山*と名づく。鴻鳴き集まる故の名なり。黄沼崎島はいわゆる豊岡原なり。(*鵠 くぐい。白鳥の古語)
立野村・女代村(今の九日市)・深坂(みさか)村(小尾崎村、今の三坂)・永井村・鳥迷羅(とりみはり・今の戸牧)・大石村(今の大磯)
『国司文書 但馬故事記』第五巻・城崎郡故事記
白凰十二年夏閏四月、
物部韓国連久々比は、兵主神を赤石丘に祀り、兵庫の守護神を為す。祭神は武速戔嗚神なり。(式内兵主神社:豊岡市赤石)
楯縫須賀雄は其の祖 彦狭知命を藤森に祀り、楯縫神社と称す。(また藤森神社と云う)
葦田首(あしだのおびと)金児は其の祖 天目一箇命を金岡森に祀り、葦田神社と称す。(また金岡神社と云う)
矢作連(やはぎのむらじ)諸鷹は其の祖 経津主命(ふつぬしのみこと)を鳥迷羅(とりみはり)丘に祀り、矢作神社と称す。(また鳥迷羅神社と云う。現在の豊岡市戸牧)
一の鳥居 二の鳥居・社号標
参道石壇
社頭案内板
狛犬
冬季は雪囲いのブルーシートが張られている。(但馬地方はどこの神社も多い)
杉原伯耆守供養塔覆屋
戸牧(とべら)
『国司文書別記 城崎郡郷名記抄』
黄沼前郷鳥迷羅(とみはり)
立野村・女代村(今の九日市)・深坂(みさか)村(小尾崎村、今の三坂)・永井村・鳥迷羅(とみはり・今の戸牧)・大石村(今の大磯)
南北朝末期から15世紀まで、但馬守護・山名氏が当辺羅山の嶺々に城を築き、中心(九日市上町)の自然堤防台地をお屋敷が占める防御態勢であった。
『校補 但馬考』
今の村数
佐野・九日(ココノカ)・妙楽寺・戸牧(トベラ)・大磯(オホゾ)・小尾崎・豊岡・野田・新屋敷・一日市・下陰・上陰・高屋・六地蔵
当辺羅山城
南北朝末期から15世紀まで、但馬守護・山名氏は、守護所を豊岡市九日市に置いた。東側の円山川を外濠に見立て、西側の当辺羅山の嶺々に城を築き、中心(九日市上町)の自然堤防台地をお屋敷が占める防御態勢であった。
鳥迷羅が、南北朝末期から15世紀までは当辺羅、弘安太田文では戸牧になっている。