村社 香住神社
Contents
概 要
社 号 香住神社
読 み かすみじんじゃ
別 名
所在地 兵庫県美方郡香美町香住区香住241
旧地名 但馬国美含郡香住郷香住
御祭神
配祀神
香住彦命 『国司文書・但馬故事記』
御神紋
例祭日 10月5日
社格等
近代社格制度 旧村社
創建 延喜22年(922) 『国司文書・但馬故事記』
本殿様式 正面一間、側面二間 大正五年( 1916) (神社誌)
境内摂末社(祭神)
文化財
一口メモ
JR山陰本線の香住駅手前、県道11号香住バイパスから少し曲がりながら通玄寺の隣。踏切すぐ。
歴史・由緒等
創立年月不詳
初め天御中主尊を香住村香住字伊原に鎮座す相殿の大己貴命、少彦名命は当村開拓の祖神なり。
但馬国守黒田大連武運長久を祈り但馬国造竹野君、同船穂足尼命巡郡に際し、所領安堵を祈り宿祷に際して一宮と仰ぐと伝う。
明治6年(1873)10月村社に列し、同38年(1905)在来天御中主尊一柱となりしを大己貴命、少彦名命の脱漏編入せり。
大正2年(1913)火を失して本殿、本殿覆、拝殿等は烏有に帰し、昭和13年(1938)社殿以下を再建せり。「兵庫県神社庁」
『国司文書・但馬故事記』に
人皇33代推古天皇35年春2月 佐須地公の子香住彦を以て、美含県主と為す。香住彦は市場を開き、貨物を交易す。(香住)郷名は地広と云いて霞
靉靆 す*1。故に霞猪と名づく。篠多く地を覆う。故に篠生原と云う。人皇60代小野天皇の延喜22年(922)春3月 佐自努公美主を以て主政に任じ、坂合部義直を以て主帳に任ず。
佐自努公美主はその祖香住彦を香住丘に祀り、坂合部義直はその祖山迹子命を坂合丘に祀る。香住神社・米子神社これなり。
*1 靉靆 雲や霞(かすみ)などがたなびいているさまを意味する熟語
境内・社叢
鳥居・社号標 参道
石段の脇の坂道を登ると長い平坦な参道が続く
御神門 手水舎
拝殿 扁額
右手境内社
右手境内社 左手境内社
地名・地誌
地 図
交通アクセス・周辺情報
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