青倉神社(式内 伊由神社論社)

投稿者: kojiyama 投稿日:

Contents

概 要

社号 青倉神社
読み:あおくら
延喜式神名帳 式内社 但馬国朝来郡 伊由神社(論社)
読み:イユノ
所在地 兵庫県朝来市山内字権現谷5
旧地名 但馬国朝来郡伊由郷
御祭神 和久産果神(わくむすびのかみ) あるいは倉荷魂神(うかのみたまのかみ)の二説あり
本来は大岩を祀る
例祭日 4月25日 春季例祭 9月25日 秋季例祭

社格等

式内 伊由神社
古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
朝来郡(アサコ・あさご):9座(大1座・小8座)

近代社格制度 無格社
創建     年代不詳
本殿様式

境内摂社(祭神) 稲荷社その他数社

一口メモ

眼の神様として知られ、水は目の消毒などに多用されたホウ酸の成分が含まれている。国道312号線伊由市場交差点にある大鳥居は、949年、氏子らが建立したもの。県道526号線を登っていき川上集落の中にある「青倉神社参拝道」という大きな案内を案内通りに右に曲がり狭い林道を行くと、舗装された道でトラックの工事車両とすれ違った。さらに登ると退避場所のある勾配とカーブの多い山道になる。ようやく標高810.5mの青倉山山頂手前で「青倉神社参道左へ、黒川温泉・多々良木みのりの森右へ」との標示でほっとした。南北朝期の古い寺や妙見神社、三川権現社などは高い山頂にあるが、昔の人はよく歩いてここまで登ってきたのものだと感心するのである。
社務所は大きく旅館のような建物にあり、かつては参拝客の宿泊所も兼ねていたのであろう。車では時間がかからないが、徒歩なら日中かかりそうだ。
社殿はガラス窓が入り、二階建ての展望台のような珍しい造りだ。二階に神殿がある。二階に上がって良いと書いてあったので、山中に一人でいると気持が心細いのだが、せっかくの機会でまたいつ参拝できるとも限らないし靴を脱いで二階に上がった。

社務所は大きく旅館のようで、かつては参拝客の宿泊所も兼ねていたのであろう。車では時間がかからないが、徒歩なら日中かかりそうだ。

社殿はガラス窓が入り、二階建ての展望台のような珍しい造りだ。二階に神殿がある。二階に上がって良いと書いてあったので、山中に一人でいると気持が悪いのだが、せっかくの機会でまた参拝できるとも限らないし靴を脱いで二階に上がった。

社殿の裏手に回ると、摂社とご神体の高さ十二メートルを超えるモアイのような巨石がそびえ立つ。ここの水を目に良いからもらってきたといただいたことがある。今回はその「ご神水」で直接目を清めて帰った。

歴史・由緒等

由 緒
創祀年代は不詳。

もとは善隆寺の奥の院とされている。
一説に、伊由市場鎮座の伊由神社の分霊を祀るという。

御神体は巨石であり、その裏からは霊水が湧き出ている。
目の神様として信仰されている。

「兵庫県神社庁」

【たじま昔ばなし】 青倉さんの不思議な水(朝来市山内)

県内外から多くの参拝者があり、百日間泊まり込み、祈り続けた人もいた。昭和末期までは、参拝者がふもとの民家に荷物を預けたり、泊まったりすることも日常的にあったという。

神仏習合の影響で神社は江戸末期まで、善隆寺(朝来市納座)の奥の院。今も本地仏が境内に祭られ、毎年四月二十五日の大祭は、豊作や無病息災などを願い、もちまきをする風習が残る。信仰の発端について、同寺の杉山宥敬(ゆうけい)住職(86)は「青倉山は太陽が昇る方向で、山を他界とする山岳信仰とともに神聖化されたのでは」と推測する。

-神戸新聞(藤井伸哉)-

帰路は関電多々良木ダムのある多々良木から降りる。

青倉さんと親しまれている但馬では有名な神社の一つ。

兵庫県朝来市の青倉山(811m)の中腹にある神社であり、善隆寺(納座地区)の奥の院とされている。

「目の神様」として知られている。巨岩の裏よりわき出る水は御霊水とされ、目の病気に効くと言われている。実際、微量のホウ酸が含まれているようである。巨岩をご神体とし、神社はそれに張り付くように建築されている。

国道312号沿いに参道の入口となる巨大な石造りの大鳥居がある(神社はこの地点より約7km先)。和久産果神、倉荷魂神の二説がある。

昔話

昔々、おじいさんが、ウドを採っている最中に過って目にウドのトゲをさしてしまい、大変苦しんでいた。 親孝行の息子がたいそう心配していたところ、神様が夢枕に立ち「岩から湧き出る水をつけると治る」とお告げをした。 目覚めた息子は、夜が明けるとすぐ湧き出る水を探しを始め、山々を巡ってようやく巨岩の奥から流れている清水を見つけだした。 それを持ち帰り、おじいさんの目につけると、痛みが消えていき、目が見えるようになったそうな。 なお、このことから、神社の氏子はウドを食べないという。

-ウィキペディア-

御祭神の和久産果神、あるいは倉荷魂神は、なんて読むのかも分からない聞いたことのない神様だ。和久産果神は、似た神様に神産巣日神(カミムスビノカミ)。倉荷魂神に似た倉稲魂命ならウカノミタマだから、ウカノニタマだろうか、クラニノミタマだろうか。

しかしおそらくは、和久産果神は産巣日神の巣を誤って果と書いたのではなかろうか。和久は湧き水(清水)のことであろうと思う。和久産巣神(ワクノムスビノカミ)だと思う。
というのも同じく標高の高い高坂神社(香美町村岡区高坂)や氷ノ山の舂米神社(鳥取県若桜町舂米)のご祭神が天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神であるように、産霊尊は、高所に祀られる神だからである。

断言できないが、和久産果神も倉荷魂神も、他では見当たらない不明な神である事、山の神であることで、高皇産霊神か神皇産霊神であるとしておきます。
倉稲魂命は、下の集落が稲作を行い始めての後の説だと思う。
『和名抄』では、伊由郷を伊田と記しているように、産巣神を産果神としたと考える。ここを調べた役人が、かなり適当な人のような気がする(^^ゞ

『古事記』では神産巣日神、『日本書紀』では神皇産霊尊、『出雲国風土記』では神魂命と書かれる。

天地開闢の時、天御中主神・高皇産霊神の次に高天原に出現し、造化の三神の一とされる。本来は性のない独神であるが、造化三神の中でこの神だけが女神であるともされる。また、先代旧事本紀においては、高皇産霊神の子であるとも言われる。

大国主が兄神らによって殺されたとき、大国主の母が神産巣日神に願い出、神皇産霊尊に遣わされた蚶貝姫と蛤貝姫の治療によって大己貴命は蘇生する。
『古事記』では、少彦名神は神産巣日神の子である。

「産霊」は生産・生成を意味する言葉で、高皇産霊神とともに「創造」を神格化した神であり、高皇産霊神と対になって男女の「むすび」を象徴する神でもあると考えられる。

-ウィキペディア-

地元の言い伝えによると、山のたたりでウドのとげが目に刺さった人が、わき水で傷口を洗ったところ、見る見るうちにけがが治った。それから、権現として石が祭られるようになったという。水は目の消毒などに多用されたホウ酸の成分が含まれている。神事を取り仕切る氏子の古田源一さん(80)は神社が心のよりどころといい、「今でも氏子はウドを食べないんです」と教えてくれた。

ふもとの山内集落から青倉山中腹の社殿までは、曲がりくねった急坂の林道を車で十分。約十年前までは、山道を一時間半歩かなければならなかった。それでも県内外から多くの参拝者があり、百日間泊まり込み、祈り続けた人もいた。昭和末期までは、参拝者がふもとの民家に荷物を預けたり、泊まったりすることも日常的にあったという。

神仏習合の影響で神社は江戸末期まで、善隆寺(朝来市納座)の奥の院。今も本地仏が境内に祭られ、毎年四月二十五日の大祭は、豊作や無病息災などを願い、もちまきをする風習が残る。信仰の発端について、同寺の杉山宥敬(ゆうけい)住職(86)は「青倉山は太陽が昇る方向で、山を他界とする山岳信仰とともに神聖化されたのでは」と推測する。

-神戸新聞 2008年9月8日掲載-

粟鹿の当勝神社とここ青倉神社は、丹波地方でも知られる有名な神社だった。
JR青倉という駅名も、和田山から生野銀山と姫路飾磨を結ぶ播但鉄道(現JR播但線)が開通し、この神社の玄関口として付けられたものだ。

-朝来市-

ご神体は高さ12メートル余りの巨岩で、精神的、霊的支柱として崇拝されています。その右手の高さ100メートル以上の岩の割れ目から流れている水が、目の病気に効くといわれていることから、青倉神社は目の神様としても広く知られ、近畿一円から多くの人たちが参拝に訪れ、ご神水を持ち帰ります。

-朝来市-

境内・社叢


国道312号線沿いにある大鳥居

  
駐車場前                      祠

  
参道


宿泊所跡

  
拝殿

  
拝殿二階部分

   
御神体の巨石と境内社


参道左 稲荷社

地名・地誌

『和名抄』では朝来郡は、山口、桑市、伊田、賀都、枚田、東河、朝来、粟鹿、磯部の九郷となっているが、伊田は伊由郷の間違いである。明治22年に中川村となる。
1954年(昭和29年)に中川村は、南の山口村と合併し朝来町となった。2005年(平成17年)、 朝来町は生野町、和田山町、山東町と合併して朝来市が発足し、消滅。

地 図

交通アクセス・周辺情報

JR播但線「青倉駅」より東へ5km

昔はふもとの川上地区から約4kmを徒歩で行く必要があったが、現在は川上地区、多々良木地区、生野町黒川地区の各方面から神社のすぐ近くまで車で行くことができる。 JR播但線青倉駅より徒歩約7.5km JR播但線新井駅より車で約20分

参 考

但馬の神社と歴史三部作

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