美取神社(式内 太神社論社)

投稿者: kojiyama 投稿日:

Contents

概 要

社 号 美取神社
読み: 大神社[オホワ] みどり
江戸時代は「緑大明神」
所在地 鳥取県岩美郡岩美町太田166
旧地名 因幡国巨濃郡
御祭神 主祭神 大物主神(オオモノヌシ)
配祀神 菅原道眞、三上豊範
例祭日 3月最終日曜日

社格等

太神社
古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
因幡国:50座 大1 小49
巨濃郡[コノ] 9座並小
近代社格制度 旧郷社
創建 本殿様式   流造

境内摂社(祭神)

稲荷神社

一口メモ

国道9号線を鳥取県岩美町に入り、河崎の佐弥乃兵主神社に次いでたずねたので蒲生側沿いに一旦国道にで対岸に行ったが、国道からなら新井の小田入口交差点から大きな道を左折して橋を渡って逆から太田に入った方がわかりやすいだろう。

歴史・由緒等

美取神社は、不明な大(オホワ)神社の論社の一つ。 美取神社 荒砂神社(岩美町浦富北屋敷2541) 多居乃上神社(鳥取市国府町広西字梅ノ木194) の3カ所が論社とされている。 延喜式神名帳には、 大神社 巨濃郡になっており、荒砂神社も巨濃郡ではあるが、多居乃上神社は法美郡で、式内社 法美郡 多居乃上神社である。 当時の社名と同じではないから言えないものの、山中の森に包まれた場所は3社の中で一番それらしい佇まい。鳥居には「大神社」と書かれた社額。ご祭神である大物主神のことだろうか。 境内正面に不思議な神社をみつけた。レンガ造りの垣は初めて見る。池田家の家紋があり、鳥取城にゆかりがありそう。

江戸時代は「緑大明神」と称していた 。

【由緒】貞観15年(873)7月正五位下 寛永12年(1635)藩主池田光仲祈祷 寛永年間本社火災焼失 明和6年(1769)京都圓満院神号の額面(太神社)奉納 明治3年池田中將御紋付幕及び提灯を奉納 明治5年2月郷社 明治40年2月3日神饌幣帛料供進神社指定

美取神社大祭(麒麟獅子) 美取神社春の大祭には大太鼓・鉾・幟・榊・御輿の順で行列をし、神社から本庄まで行った。麒麟獅子は本庄と太田との両集落から出し、2頭で各家庭を回っていた。現在は榊と本庄の獅子が各家庭を回っている。(鳥取県立博物館)

境内・社叢

  
神社下の境内社
社名が不明。池田公によって造営された珍しい赤レンガの玉垣

  
鳥居 「大神社」と書かれた社額」           参道

  
御神門                        狛犬・拝殿

  
拝殿                   本殿


本殿

地名・地誌

地 図

鳥取県岩美郡岩美町太田166

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式神社の調査」

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