式内大 湯泉神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

Contents

概 要

社号 式内社 摂津国有馬郡 湯泉神社(大月次 新嘗) 読み:古 ユノ、現 とうぜん又はおんせん 平安時代は「三輪明神」と称していた
所在地 兵庫県神戸市北区有馬町1908
旧地名 摂津国有馬郡
御祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと) 配祀 熊野久須美命 合祀 軻遇突智命
例祭日 10月2日 例祭

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
畿内:658座(大231座・小427座)
摂津国:式内社75座(大26座(並月次新嘗・就中15座相嘗祭)・小49座(並官幣))
有馬郡[アリマ]:3座 大1座 小2座
式内大社

近代社格制度 旧郷社

創建     慶長3年(1598)9月11日社殿再建
元禄8年(1695)6月29日火災焼失
寛政10年(1798)8月社殿及再建 明治16年現在地に造営という
本殿様式   桧皮葺春日造

境内摂末社(祭神)

天津社・国津社・金刀比羅神社・胸形神社・子安堂・妙見堂

文化財

絹本著色熊野曼荼羅図 重要文化財(国指定)

一口メモ

式内公智神社から有馬街道を有馬温泉へ。有馬温泉は兵庫県内の城崎温泉・湯村温泉ともに大温泉地であるが、今回は生まれ初めての有馬温泉である。温泉街はもう少し広いイメージをもっていたが、狭い坂道に大きなホテル・旅館が立ち並ぶ。

歴史・由緒等

有馬郡随一の名神大社。

日本古来の温泉「有馬温泉」の中心に鎮座し、有馬の氏神・温泉守護神として崇敬されている湯泉神社は、大己貴命・少彦名命・熊野久須美命の三神をお祀りしています。 当社の草創期におけるご祭神は、大己貴命(大黒さま)と少彦名命(医薬の神)でした。 神代の昔、ご祭神の二神が人々を病気から守るため、国々を旅し、薬草を探しに歩かれた時、傷ついた三羽のカラスが赤い水を浴び、傷を治療しているのをごらんになり、有馬の温泉を発見したと伝えられています。 ついで、仁西上人有馬再興(1191年)の伝記の頃から、熊野信仰の影響を受けて、熊野久須美命を併せ祀り、有馬温泉鎮護三神と呼ばれるようになりました。 当社の歴史は古く、延長5年(927年)に撰上された「延喜式神名帳」に有馬郡の大社にかぞえられています。「日本書紀」には、舒明天皇・孝徳天皇・白河法皇等の参拝も記録されています。 毎年1月2日に「入初式」が行われ、湯泉大神と有馬の開祖行基・仁西両上人に感謝すると共に、その年の初湯を神前に奉り、有馬温泉の繁栄と安全を祈願します。これは、江戸時代から続いている、神仏合同の古式豊かな祭典です。 また当社は、子宝・子授けの神としても有名で、子宝に恵まれない人は、有馬の湯に浴し、当社で祈願すれば子宝に恵まれると伝えられています。なかでも、「玉鉾さま」「阿福さま」と呼ばれている子授けのお守りは全国各地より求められています。 これは、平安時代末期につくられた「伊呂波字類抄」という日本最古の辞書にも記載されていますが、子宝に恵まれない人々が、男形・女形それぞれの形をつくり、夜陰ひそかに神前に献じ、子授けの祈願をしていたことに端を発しています。 『神社公式サイト』

伝説では大巳貴命と少彦名命が傷ついた鳥が有馬の温泉で水浴びをし、数日後、傷が治ったことが温泉発見の糸口になったとされており、その鳥の彫刻が拝殿入り口の上に施されている。 釘明天皇3年9月の行幸を初めとして多くの行幸や参詣があった。 -阜嵐健『延喜式神社の調査』さんより-

境内・社叢

  
参道石段                 温泉寺

  
温泉寺右手に温泉神社鳥居         社号標

  
境内までの石段              妙見堂

  
温泉寺からいくと境内前にある二の鳥居


手水舎

  
狛犬

  
拝殿                   本殿

  
本殿左右境内社 天津社・国津社

  
境内右手境内社

地名・地誌

地 図

兵庫県神戸市北区有馬町1908

交通アクセス・周辺情報

神戸電鉄 有馬温泉駅より徒歩8分 阪神高速北神戸線有馬口より約5分

ホームページ 『神社公式サイト』 http://www.tousen.or.jp/

参 考

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