官幣大社 別表神社 京都市 洛東・山科 京都(山城国)

二十二社 八坂神社

概 要

社号 八坂神社
慶応4年(1868年)の神仏分離令(廃仏毀釈運動)により、元々「祇園神社」「祇園社」「祇園感神院」と呼ばれていたのが、「八坂神社」と改められた。
所在地 京都府京都市東山区祇園町北側625番地
旧地名 山城国愛宕郡
御祭神
(中御座) 素戔嗚尊 (すさのおのみこと)
(東御座) 櫛稲田姫命 (くし(い)なだひめのみこと) – 素戔嗚尊の妻
(西御座) 八柱御子神 (やはしらのみこがみ) – 素戔嗚尊の8人の子供(八島篠見神、五十猛神、大屋比売神、抓津比売神、大年神、宇迦之御魂神、大屋毘古神、須勢理毘売命)の総称
配神
(東御座に同座) 神大市比売命、佐美良比売命 – いずれも素戔嗚尊の妻
(西御座に御座) 稲田宮主須賀之八耳神

例祭日 6月15日
主な神事 祇園祭(7月)
白朮祭(1月1日)

社格等

式外社
中世社格制度  二十二社(下八社)
近代社格制度  旧官幣大社
社格制度廃止後(現在) 別表神社

創建     (伝)斉明天皇2年(656年)
本殿様式   祇園造(八坂造)

境内摂社(祭神)

摂社
疫神社 (蘇民将来)
悪王子社 (素戔嗚尊の荒魂)
冠者殿社 (天照大御神との誓約時の素戔嗚尊の御気)
末社
北向蛭子社 (事代主神)
大神宮 (天照大神、豊受大神)
美御前社 (多岐理比売命、多岐津比売命、市杵島比売命)
大国主社 (大国主神、事代主神、少彦名命)
玉光稲荷社 (宇迦之御魂神) – 玉光稲荷社権殿の「命婦稲荷社」と二社で一体とされている。
日吉社 (大山咋神、大物主神)
刃物神社 (天目一箇神)
厳島社 (市杵島比売命)
太田社 (猿田彦命、宇受女命)
大年社 (大年社、巷社神)
十社
多賀社(伊邪那岐命)、熊野社(伊邪那美命)、白山社(白山比咩命)、愛宕社(伊邪那美命、火産霊命)、金峰社(金山彦命、磐長比売命)、春日社(天児屋根命、武甕槌神、斎主神、比売神)、香取社(経津主神)、諏訪社(健御名方神)、松尾社(大山咋命)、阿蘇社(健磐龍神、阿蘇都比咩命、速甕玉命)
五社
八幡社(応神天皇)、竈神社(奥津日子神、奥津比売神)、風神社(天御柱命、国御柱命)、天神社(少彦名命)、水神社(高龗神、罔象女神)
御旅所(境外社) [編集]
四条御旅所 (四条京極南側)
祇園祭の7月17日から24日に神輿三基が安置される。
三条御供社
ごくうしゃ
(又旅社、三条通黒門)
7月24日の還幸祭の折に神輿三基が安置される。
大政所御旅所旧跡 (烏丸通仏光寺下ル)
7月15日に長刀鉾の長刀が収められ、翌16日に神剣拝戴の儀が行なわれる。

文化財

重要文化財(国指定)
建造物
楼門  明応6年(1497年)
西楼門とも称する。本殿の西方、四条通りの突き当たりに建つ。切妻造の楼門(2階建て門)。
本殿 承応3年(1654年)
一般の神社では別棟とする本殿と拝殿を1つの入母屋屋根で覆った独特の建築様式をとり「祇園造」と言われる。
末社蛭子社社殿 – 正保3年(1646年)
石鳥居 – 本殿南側の正面入口に立つ。正保3年(1646年)建立。寛文2年(1662年)の地震で倒壊後、同6年(1666年)に補修再建された。
美術工芸品
木造狛犬
太刀 – 銘豊後国行平作。平安末期の豊後(大分県)の刀工・行平(ゆきひら)の作
太刀3口 – 各銘出羽大掾藤原国路金具御大工躰阿弥 祇園社御太刀 承応三甲午年九月吉日。江戸時代の刀工・出羽大掾国路(でわだいじょうくにみち)の作
鉦鼓(長承三年銘)1口(附 鉦鼓(無銘)1口)
紙本着色祇園社絵図
祇園執行日記9冊(附 祇園社記等59冊)
八坂神社文書(2,205通)89巻、40冊、1帖、1通
算額 – 元禄4年(1691年)長谷川鄰完奉納。絵馬堂にて復元額を展示

一口メモ

学生時代、京都で過ごしていたので、数ある京都の神社仏閣の中でも八坂神社は最も参拝回数が多いが、当時は神社に特に関心があったわけではないので改めて撮影してきた。神社に有料駐車場もあるが祇園・東山周辺は観光客が特に多く、安井金比羅宮、ゑびす神社などに駐車場がないのですぐ北隣の市営円山駐車場に止めた。

歴史・由緒等

全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社である。通称として祇園さんとも呼ばれる。7月の祇園祭(祇園会)で知られる。

『神社公式サイト』によれば、

日本神話でも知られるように、スサノヲノミコトは、ヤマタノオロチ(八岐大蛇=あらゆる災厄)を退治し、クシイナダヒメノミコトを救って、地上に幸いをもたらした偉大な神さまです。

八坂神社の歴史は、社伝によれば平安建都の約150年前の斉明天皇2年(656)と伝えられています。都の発展とともに、日本各地から広く崇敬を集め、現在も約3千の分社が日本各地にあります。

八坂神社はながらく、「祇園社」「感神院」などと称しましたが、明治維新の神仏分離にともなって、「八坂神社」と改称しました。

平安京建都(794)以前より八坂神社のある東山一帯はひらけた場所で、渡来人であった八坂造(やさかのみやつこ)一族が住したところであった。「八坂の塔」で有名な法観寺も平安京以前の創建で、八坂造の氏寺ではなかったかともいわれている。

八坂神社一帯には広大な寺域を持ち、「定額寺」という高い格式を誇った観慶寺があり、別名を祇園寺といった。
その寺域内にあった「天神堂」が八坂神社の前身である。
観慶寺はどういう理由かわからないが衰退し、天神堂が多くの崇敬を集めるようになり発展し、祇園社(八坂神社)となった。

祇園社という呼称は観慶寺の別名祇園寺に因むものと思われる。ただ、鳥居に掲げられていた額には「感神院」と書かれており、この呼称も平安朝にまでさかのぼるものである。祇園社と感神院の呼称の使い分けについては、その理由は今のところ判然としない。

八坂神社の創祀を社伝では斉明天皇2年(656)と伝えている。この年には高句麗の使い伊利之(いりし)が来朝し、彼は八坂造の祖先である意利佐(いりさ)と同一人物と考えられているので、社伝の説をあながち荒唐無稽なものとして退けるわけにはいかない。

境内・社叢

  
西楼門(国指定重文)(2008年8月2日)

  
社号標             手水舎

  

狛犬

  

舞殿                          拝殿・本殿(国指定重文)

  

祇園造(八坂造)という独特の本殿(側面)   南楼門

  

(西楼門前) 摂社疫神社             太田社

  

北向蛭子社                     大国主社

  

(本殿西側)大年社                  十社

(本殿北)神馬舎

  

(本殿東)美御前社             摂社 悪王子社

  

大神宮

  

日吉社                  刃物神社

  

五社                   祖霊社


厳島社

地名・地誌

祇園(ぎおん)

京都市東山区の一地区。四条通が東山山麓の東大路に突当るところにある八坂神社の西門前から西は鴨川までの四条通南北一帯をさす。地名は八坂神社がかつて祇園社と呼ばれたことに由来。

地 図

京都府京都市東山区祇園町北側625番地

交通アクセス・周辺情報

鉄道
最寄駅:京阪電鉄京阪本線 祇園四条駅 (東へ徒歩約5分)
バス
京都市営バス(12・31・46・80・急行100・201・202・203・206・207系統)「祇園」バス停下車 (徒歩すぐ)

駐車場:南楼門の西側に有料駐車場あり
京都市市営「円山駐車場」(24時間営業:車高制限1.9mあり)から徒歩1分
周辺
祇園
円山公園
南座

ホームページ

『神社公式サイト』

参 考

『神社公式サイト』

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