式内 棚倉孫神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

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概 要

社 号 棚倉孫神社
読み たなくらひこ
近世(江戸期)は天満宮と称呼された
延喜式神名帳
式内社 山城国綴喜郡 棚倉孫神社(大 月次/新甞)
式内社 山城国綴喜郡 天神社
所在地 京都府京田辺市田辺棚倉49
御祭神 天香古山命(あめのかごやまのみこと)
例祭日 10月15日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
畿内:658座(大231座・小427座)
山城国 式内社122座 大53座(並月次新嘗・就中11座預相嘗祭)・小69座(並官幣)
綴喜郡 14座(大3座 小11座)

近代社格制度 旧郷社
創建     推古天皇31年(623)9月
本殿様式   一間社流造

境内摂末社(祭神)

八柱神社(祭神天照皇大神外七柱)・金比羅神社(金山比古命・金山比売命)
文化財
本殿 京都府登録文化財

瑞饋神輿ずいきみこし(京田辺市指定文化財)

一口メモ

木津川の西、JR京田辺駅のすぐ西、道沿いの小高い丘に面している。大和への入口の要害地にあたり、甘南備山の裾に当たる小高い丘の上に東面して鎮座している。坂を登ると境内のすぐ隣に広い駐車スペースがある。神社の前の人に教えていただいた。

歴史・由緒等

天香古山命(別名高倉下命・手栗彦命)をまつる式内社で、大社に位置づけられていた。『日本三代実録』の貞観元年(859)正月従五位上に叙せられた諸神に『棚倉孫神』と記されている。
現在の本殿(京都府登録文化財)は桃山時代の再建で、一間社流造、屋根は桧皮葺である。本殿脇に天正二年(1754)の銘をもつ石灯籠がある。
元禄十五年(1702)には、淀藩主石川憲之から、石鳥居・石段・石橋の奉納があり、毎年御供料の寄進を得た。広い境内には拝殿、絵馬殿、宮寺(現社務所)など江戸時代の建物がよく残り、絵馬殿には多くの絵馬が掲げられている。

瑞饋神輿ずいきみこし(京田辺市指定文化財)
秋に収穫される26種類ほどの野菜や穀類で飾られる神輿で、屋根は瑞き(サトイモの葉柄)で葺かれる。明治時代の中頃から造られるようになった。昭和4年(1929)で中断してたが、昭和50年(1975)に一部の模型を製作、昭和53年に「瑞饋神輿保存会」結成、以後は隔年で製作、十月体育の日に田辺区域内を巡行する。

例祭 十月十五日

京田辺市教育委員会
京田辺市文化財保護委員会

境内・社叢

  
社号標              手水舎


境内


社頭掲示板


鳥居

   
狛犬

  
拝殿                   拝殿扁額

  
本殿

  
境内社

地名・地誌

地図

京都府京田辺市田辺棚倉49

交通アクセス・周辺情報

参 考

「神社公式ページ」http://www7b.biglobe.ne.jp/~tanakurahiko/

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