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当記事は、拙者のブログにあったものを、式内社を主に神社に焦点を当てて編集し直しています。
幼い頃から無意識に近所の神社境内で遊んでいた思い出は誰しもあるものです。普段当たり前のように身近に存在している神社。但馬や日本の歴史を調べていくと、神社(日本の神々)に深く結びついています。なかでも地元には「式内」「兵主神社」が多いことに子供の頃から何だろうと思っていた。
但馬(国)は、日本海に面している兵庫県北部に位置し、西は鳥取県、東は京都府(丹後・丹波)に接し、人口は20万人程度の地域であるのに、
大和朝廷のあった大和(286社)、
2位:伊勢神宮のある伊勢(253社)
3位:出雲大社のある出雲(187社)
4位:近江(155社)
5位:但馬(131社)
6位:越前(126社)
7位:山城(122社)と、
式内社の数では全国で5番めに多いということを意識している方は少ないと思う。それを知ったとき、何かが隠されていると感じたのが、神社を調べてみたいと思うきっかけだった。

朝廷(都)が置かれていた大和や伊勢、近江など畿内や神話の出雲は不思議に思わないが、但馬に式内社が多いのは不自然である。丹波(71社)と丹後(65社)、但馬もかつては一つの丹波国で分国したものなので、但馬以外に丹波(71社)と丹後(65社)を合わせると136社となるので、但馬と同程度となり、単純に同じ日本海に面した丹後が少ないとはいえないのですが、大和から朝鮮半島への玄関口として、若狭、丹後、但馬が朝廷にとって重要な場所として位置づけられていた証であろう。

神社とくに式内社には、社殿建築や狛犬など文化財的価値も重要であるが、そもそも朝廷が官社として出先機関的役割をもつ式内社を、その土地に造営したのか、あるいは元々あった国津神を官社として認めたのか、その社名の意味は?元々の祭神とされた神は?あるいは自然信仰におけるそもそもの御神体は何かを知ることが、郷土の歴史を知る上で残された貴重ならのマークなのであると思うようになったからである。

気がついていた時点で捕捉したり修正を行います。悪しからずご了承ください。

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