洛西 式内大社 京都市 京都(山城国)

住吉大伴神社(式内大 伴氏神社)

概 要

社号 住吉大伴神社

式内 山城国葛野郡 伴氏神社
読み:古 トモウチ。現 すみよしおおともじんじゃ
所在地 京都市右京区龍安寺住吉町1
旧地名 山城国葛野(カドノ)郡
御祭神 天忍日命(あめのおしひのみこと) 上筒男 中筒男 底筒男(住吉三神)
例祭日 10月16日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社) 論社
畿内:658座(大231座・小427座)
山城国 式内社122座 大53座(並月次新嘗・就中11座預相嘗祭)・小69座(並官幣)
葛野郡(カトノ) 20座(大14座・小6座)

近代社格制度 無格社

創建     承和元年(八三四)正月庚午山城国葛野郡上林地方一町賜伴宿禰等爲祭氏神処」『続日本後記』
本殿様式   住吉造、檜皮葺妻入

境内摂社(祭神)

十禅師社  斉明社・小松尾神社

一口メモ

広沢池の南をゆるいカーブが続き、龍安寺の南西、仁和寺との中間に位置する。社は南向きで広いその道路の反対側が正面。

伴氏神社論社は他にも、北野天満宮摂社 伴氏社が比定されている。

歴史・由緒等

住吉大伴神社

1.御祭神 住吉三神 底筒男命 中筒男命 表筒男命
1.例祭日 10月16日
1.神幸祭 10月第三曜日
1.由緒
住吉大伴とは古代の豪族大伴氏を祭る伴氏神社に住吉大神を合わせ祭った事による。
大伴氏ははじめ大和国にあってその勢力を振るっていたが、平安遷都によりこの地に移住し、その先祖の神天押日命を祭ったのである。
「続日本記」には、「承和元年正月賜葛野郡上林郷地方於伴宿禰等為氏神之所」、又「嘉永2年12月授従五位下伴氏神社」とあり、大伴氏は上代の武門の家として物部氏と共に皇居を警衛し禍乱を鎮圧して功を立てた一族であり、後に淳和天皇の御諱の大伴親王をはばかり伴氏と改めたのである。
応天門の変(866)によって伴善男が伊豆に流されてから衰退し伴氏神社の名も世に疎くなっていったものと思われる。
並河永編するところの「山城誌」に「伴氏神社(中略)在龍安寺村今称住吉」とあり、又伴信友の「神名帳考証」には「伴氏神社(中略)「今龍安寺村にありて住吉という」とあり、両書とも古伝によるものであるが当社が伴氏神社と同じ地にありながらいつの世にか住吉神社と称せられるに至ったのは伴氏の衰微と共に葛野郡に山荘を営む徳大寺家の領しるところとなり、その徳大寺家の和歌の神として崇めた住吉三神を祭ったことにより伴氏神社は住吉神社として祭られ、それ以降永く龍安寺、谷口地区の氏神として崇敬されて居た。
昭和17年8月21日許しを得て住吉3神及び大伴祖神を合祀、社名を住吉大伴神社と変更して今日に至る。住吉の神の和と大伴の神の武それぞれ和武合体中庸を保ちて和平の神と崇められている。

「社頭掲示板」

境内・社叢

  
正面側鳥居                    北の道路側鳥居

  
正面側鳥居                    手水舎

  
拝殿                       拝殿扁額

   
狛犬

  
拝殿内                       本殿屋根

   
本殿奥境内社 十禅師社  斉明社・小松尾神社

地名・地誌

地 図

京都市右京区龍安寺住吉町1

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式神社の調査」さん、他

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