洛中 京都市 京都(山城国)

大将軍八神社

概 要

社 号 大将軍八神社
読み たいしゅぐんはちじんじゃ
別名 大将軍堂 大将軍八神宮

所在地 京都市上京区一条通御前通西入3丁目西町55
御祭神 大将軍(素戔鳴尊)
御子神八柱…太歳神(天忍穂耳命)・大陰神(市杵嶋姫命)・歳刑神(田心媛命)・歳破神(湍津姫命)・歳殺神(天穂日神)・黄幡神(活津彦根神)・豹尾神(熊野櫲樟日命)
例祭日 天門祭(10月第3日曜)

社格等

式外社
近代社格制度 旧府社
創建       平安京造営時(794)
本殿様式   権現造

境内摂末社(祭神)

五社
恵比寿神社 稲荷神社 天満宮 長者神社 金毘羅神社
三社
命婦神社 厳島神社 猿田彦神社

大金神神社・歳徳神社 地主神社(大杉大明神)
文化財 木造大将軍神像 80躯(重要文化財) 古天文暦道資料(京都府指定文化財)

一口メモ

京都市内には大将軍

歴史・由緒等

当社は平安京造営の際、陰陽道に依り大内裏(御所)の北西角の天門に星神 「大将軍堂」を建て 方位の厄災を解除する社として創建されたという。
創建当初は陰陽道のお堂として建てられた為、「大将軍堂」と称し江戸時代に入り 大将軍村の鎮守社として祀られる様になった。
又、その頃からそれまでの北斗妙見信仰から太白精の信仰に移り暦神と習合して 「大将軍八神宮」とも称した。

祭神は古来の日本の神ではなく大将軍一神を祀っていたが、 明治時代に「神仏分離令」によって 神道を国教とし現在の形「素盞鳴尊、その御子五男三女神、並びに 桓武天皇を合祀」となり、御子八神と暦神の八神が習合して以後社名は「大将軍八神社」という。

祭神を素盞鳴尊とした理由は 、 1433年伏見宮貞成親王の日記「看聞御記」より、大将軍堂は1340年から約100年の間祇園社 (現 八坂神社)の管理下にあった。 八坂神社の祭神が素盞鳴尊であり、 その神格が大将軍神と似通っている事から関連付けられたと思われる。

『神社公式サイト』

境内・社叢


鳥居

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社号標                   手水舎

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狛犬

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境内

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拝殿扁額                 本殿

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(本殿左)地主神社(大杉大明神)       (本殿右)大金神神社・歳徳神社

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三社                   五社

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大将軍像

地名・地誌

大将軍(たいしょうぐん)

桓武天皇の平安京造営に際し、王城鎮護のため京都の四方に「大将軍神社」を祀った。北野白梅町(西大路今出川)周辺の町名となっているのは、当社に由来する。

地 図

京都市上京区一条通御前通西入3丁目西町55

交通アクセス・周辺情報

参 考

「神社公式サイト」http://www.daishogun.or.jp/

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