亀岡市 官社(式内社) 旧村社 京都(丹波国)

式内 三宅神社

 

概 要

社 号 式内 三宅神社
読み: 古 ミヤケ、現 みやけ

別 名 三宅稲荷

かつては叢稲荷、草分稲荷とも
所在地 京都府亀岡市三宅町121
旧地名 丹波国桑田郡
御祭神 倉稻魂命(うかのみたまのみこと)、稚産靈命(わくむすびのみこと)、保食命(うけもちのみこと)
例祭日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
丹波国(タンバ):71座(大5座・小66座)
桑田郡(クワタ):19座(大2座・小17座)

近代社格制度 旧村社

創建   不詳

本殿様式 流造
境内摂社(祭神) 稲荷社、豊受大神

一口メモ

国道9号線頼政塚交差点を北へクニッテルフェルド通りに入り、橋を渡ると最初のY字路を右折し狭いおそらく旧山陰道で約150m。駐車場はない。

または、亀岡駅から府道404号線に向かって南東に進む。
36 mで左折して府道404号線に入る。
230 mで右折して府道25号線に入る。
220 mで左折してクニッテルフェルド通りに入る。
700 mで、左へ徒歩35m。
思っていたより小さな境内。亀岡市宇津根町の伊達神社もそうだが、亀山(亀岡)城に最も近い式内社である。城下町は整備され、社域を縮小させられたのではないだろうか。いずれにせよ城下町は道幅が狭い。

歴史・由緒等

戦国時代に社殿が焼失し、境内も減少して、古文書も殆ど残つてゐない。現在の社伝は延宝元年(一六七三)に建てられ、元禄十一年(一六九八)に上屋が再建された。亀岡藩主代々の祈願所であつた。延喜式内社。旧指定村社。

「丹波の神社」さん

 

境内・社叢


社頭掲示板

  
鳥居                   手水舎

  
神楽殿(舞殿)               拝殿

  
本殿覆屋                 本殿右境内社 豊受神社

地名・地誌

三宅 (境内案内板の通り)
地 図

京都府亀岡市三宅町121

交通アクセス・周辺情報

参 考

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