朝来町・生野町 官社(式内社) 朝来市 兵庫(但馬国)

式内 佐嚢神社

概 要

社 号 式内社 但馬国朝来郡 佐嚢神社
読み:古 サナ 現 さのう
江戸時代は「大宮大明神」と称していた
所在地 兵庫県朝来市佐嚢字大宮西山132-2
旧地名 但馬国朝来郡山口郷
御祭神 須佐之男命(スサノオ のみこと)
『三代実録』 左長神
『国司文書 但馬神社系譜伝』 道臣命(みちおみ のみこと)
例祭日 10月1日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
朝来郡(アサコ・あさご):9座(大1座・小8座)

近代社格制度 旧村社
創建     年代不詳(『国司文書 但馬神社系譜伝』に、
人皇三十七代孝徳天皇の大化三年春三月)
本殿様式   流造

境内摂社(祭神)

白山神社・松尾神社・平野神社・姫宮神社・稲荷神社・山神社

一口メモ

国道312号線朝来インター東交差点から国道429号線に入り、約4km。または播但自動車道朝来インターから国道429号線を進む。土肥で佐中川上流に沿ってやや右折するとすぐ。

歴史・由緒等

由 緒

 当社の創始は一説に、寛正5年(1464)の勧請とあるが、現在の地へ遷座された年とも云われる。

三代実録に「貞観10年(868)閏12月21日庚戌授但馬国正六位上左長神従五位下」とあり、「佐長」とも呼ばれた。

「兵庫県神社庁」

『国司文書 但馬神社系譜伝』に、
人皇三十七代孝徳天皇の大化三年春三月、
朝来軍団の大穀・大伴宿祢佐中は、その祖・道臣命を職分田(シキブンデン)*1佐嚢丘に祀る。
道臣命は、天忍日命の孫なり。

註 *1 職分田(シキブンデン)
職田の別名。大化改新(645)後、律令制によって大納言以上の内官、または地方官に授けられた不輸粗田(粗を収めなくても良い田)。左右大臣に30町、太宰師に10町授与などの例。

境内・社叢

  

鳥居                   拝殿

 

拝殿                   本殿・境内社

  053-150x150
境内社                  何の石碑か不明

地名・地誌

地 図

兵庫県朝来市佐嚢132-2

交通アクセス

JR播但線「新井駅」より西へ約4km

周辺情報

神子畑鉱山跡

参 考

「延喜式神社の調査」さん、他

但馬の神社と歴史三部作

コメントを残す