奈良市 奈良(大和国)

式内 佐紀神社(亀畑)

 

概 要

社 号 式内社 大和国添下郡 佐紀神社
読み:古 サキ、現 さき
江戸時代は「二條宮」と称す
所在地 奈良市佐紀町1716
旧地名 大和国添下郡
御祭神 天児屋根命 経津主命 六御県命
例祭日 10月10日

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
畿内:658座(大231座・小427座)
大和国:286座
大128座(並月次新嘗・就中31座預相嘗祭)・小158座(並官幣)
添下郡[そえじも]:10座 大4座 小6座

近代社格制度 旧村社

創建     白鳳三年に創祀
本殿様式   流造 桧皮葺

境内摂末社(祭神)

『奈良県史』には、市杵島社、大国主社、祓戸社、弁才天の名がある。

一口メモ

佐紀町は、奈良盆地の北に長々と横たわる平城山(ならやま)(東は佐保山、西を佐紀山という)は、神功皇后陵・成務天皇陵、日葉酢媛命陵などのヤマト政権の王墓を多く含む巨大古墳が点在する(佐紀盾列古墳群)と、平城京跡の北に位置する地区で、東大寺の転害門(てがいもん)から、まっすぐ西にのび法華寺にいたる道が佐保路で平城京の一条大路にあたる。ここからさらに西大寺にのびるのが佐紀路といわれる。神社は佐紀路沿い、御前池の東にある。御前池の西にも同名の神社があり、同じく式内論社になっているので両社を記載する。前回、当社をずいぶん探したが、古墳の近くは道が細く諦めたことが残念だった。

歴史・由緒等

御由緒
今を遡ること千三百余年、天武天皇白鳳三年の鎮祀にして、即ち神名式に記載のある佐紀神社は、けだし当神社の事なり。のち、第五十九代宇多天皇寛平三年九月下旬、始めて官社に列しし、春冬二度の班幣に預り、演昭大僧正に台命ありて、超曻寺の別当寺となる。降って、安徳天皇治承四年、内蔵頭三位中将平重衡の兵焚に罹りしも、もとより皇室の尊崇厚かりしゆえ、仲御門左大臣忠公の奏聞にて、文治六年四月に再建されたが<再び天正六年兵火の為、遂に狭隘の社地となる。詳しくは社ノ記録に瞭然たり。

佐紀神社社務所 「社頭掲示板」

境内・社叢

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鳥居                   社頭掲示板

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拝殿                   拝殿から本殿

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狛犬

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本殿                   鳥居入口にある境内社

地名・地誌

東大寺の転害門(てがいもん)から、まっすぐ西にのび法華寺にいたる道が佐保路で平城京の一条大路にあたる。ここからさらに西大寺にのびるのが佐紀路である。奈良盆地の北に長々と横たわる平城山(ならやま)(東は佐保山、西を佐紀山という)には、大小あわせて約50基もの古墳が集中している。大型古墳が多いのが特徴で、大和にある全長200mを超す前方後円墳19基のうち7基までがこの地に築かれている。

地 図

奈良市佐紀町1716

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式神社の調査」さん、他

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