西宮市 旧府社・県社 兵庫(摂津国)

式内 岡太神社

概 要

社 号 岡太神社
読 み:おかだ
明治11年2月22日広田神社の摂社となる
延喜式神名帳 式内社 摂津国武庫郡 岡太神社
読み:ヲカタ
所在地 兵庫県西宮市小松南町2-2-8
論社 廣田神社摂社 岡田神社 兵庫県西宮市岡田山4-1
旧地名 摂津国武庫郡
御祭神
主祭神 天御中主大神(アメノミナカヌシノオオカミ)
配祀神 高皇産靈神(タカミムスビノカミ) 素盞嗚神(スサノオノカミ) 稲田姫神(イナダヒメノカミ) 大己貴神(オオナムチノカミ) 蘇民將來(ソミンショウライ)

例祭日 10月11日

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
畿内:658座(大231座・小427座)
摂津国:式内社75座(大26座(並月次新嘗・就中15座相嘗祭)・小49座(並官幣))
武庫郡(ムコ):4座(大2座・小2座)

近代社格制度  旧県社

創建     延喜元年(901)。阪神淡路大震災で社殿倒壊
本殿様式   流造

境内摂末社(祭神)

白山宮 恵美須社 祭神:恵美須大神

地主宮

平重盛之城址 岡太社の西南「伏松」という小高い丘が城趾と伝承されている。
石標 従是東尼崎領 尼崎藩領界碑
岡太神社社号標石 岡太社 小松村 同志菅広房 元文6年(1741年)建立。

一口メモ

神戸女学院構内に論社 廣田神社摂社 岡田神社(兵庫県西宮市岡田山4-1)がある。道路に面して駐車場を探したが、どこにも見当たらず境内に自家用車が一台停めてあったので鳥居から境内へ停めた。「兵庫県神社庁」に駐車場あり(台)とあるのはそういうことだと思う。

歴史・由緒等

由 緒
岡司神社(おかしじんじゃ)古記に大倭高市郡岡邑(おおやまとたけちこおりおかむら)の司(つかさ)、岡司氏、故有りて摂州武庫郡廣田郷に移居し、宇多天皇寛平5年(893)この地に来りて田畑を開き耕作せるに度々(しばしば)暴風雨、洪水、高潮等ありて五穀熟せず、同9年(897)一度廣田郷に帰復す。

一日 高隈ヶ原(たかくまがはら)に至り廣田社前に憩いて一睡せるに1人の老翁出現して曰く「汝 武庫の濱にて耕作すと雖(いえど)も五穀稔らさるは是 天の二十八宿の行度不順なる故也。汝 彼地に至りて開闢神(かいびゃくしん)を祈り星宿に祈請せは其憂(うれい)なき也」と。夢醒(さ)め廣田の大神の託宣と気づき感奮して再度この地に来り、開闢神と星宿に祈願して遂に五穀豊穣なるを得たり。茲に於て此地を濱村と名付け、延喜元年(901) 天御中主大神と廣田の大神五座を祀る神殿を構へたり。由って時俗 岡司宮(おかしのみや)と呼称す。と誌せり。

合祀神五座は元、上の宮と称して当社の北に当る人家の間にありしも明治8年本殿に合わせ祀りしものなり。

平成12年、本殿改築。

-「兵庫県神社庁」-

境内・社叢

 


岡太神社の石標

この碑は、江戸中期の碩儒並河誠所が有志と、社殿の廃滅や祭神の由緒などの誤り伝えられていた延喜式所載の摂津国の古社20社につき踏査考定して、正しい社名を明らかにするため、時の寺社奉行大岡越前守忠相に上申し元文元年(1736)から翌年にかけて建立した碑石の一つです。
表面に神名帳に記載の社名、側面に村名、裏面台石に同志菅広房(山口伊兵衛)の名が刻されています。
「社頭掲示板」

  
手水舎                   中鳥居

  
狛犬ではなく狛猪

恵比須大神と静止像
西宮神社に御鎮座の恵比須大神は武庫の沖から御来臨になり最初、鳴尾でお祀りしていたとの口碑かあります。小松では、その大神が毎年正月9日の夕に押照営(岡太神社)で高潮や洪水等の災害を未然に静止(防止)して五穀豊穣をもたらす猪(静止)打神事をされると伝えられこの神事の妨げにならぬよう斎籠をする風習がありました。これは静止を猪にかけたもので、「猪」は大神の伎使わしめと云われています。当社では摂社に大神をお祀りし昔語を後せに伝えるよすがとして彫刻家柏木秀峰作の静止像(亥)を安置しています。

社頭掲示板

   
拝殿前に狛犬

   
拝殿


社殿

  
社殿左境内社 恵美須社           境内左手境内社 白山宮

  
九重供養塔 伝小松内府平重盛卿供養塔     地主宮

地名・地誌

地図

兵庫県西宮市小松南町2-2-8

交通アクセス・周辺情報

公共 阪神本線・阪神武庫川線「武庫川駅」より北西へ300m
交通・車 旧国道武庫川橋から西へ300m。交差点西南角。
駐車場 あり(台)

参 考

「兵庫県神社庁」、「延喜式神社の調査」さん、他

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