奈良市 奈良(大和国)

式内 赤穂神社

概 要

社 号 赤穂神社
読み あかほ
延喜式神名帳 式内社 大和国添上郡 赤穂神社

所在地 奈良市高畑町1320
御祭神 天児屋根命(あめのこやねのみこと)

例祭日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
畿内:658座(大231座・小427座)
大和国:286座
大128座(並月次新嘗・就中31座預相嘗祭)・小158座(並官幣)
添上郡(そえがみ):37座(大9座・小28座)

近代社格制度 旧郷社
創建     年代不詳
本殿様式   春日造

境内摂末社(祭神)

(左末社) 天満天神(菅原道真)  弁才天(市杵島姫命)

一口メモ

民家が並ぶ道に鎮座する小社。ブロック塀の間に「式内赤穂神社」の社号標が建つ。入り口に木の扉があり、「ご自由に、ご参拝下さい。」と書かれているので安心する。駐車場はないので、足早に参拝。

歴史・由緒等

由来

古来、高畑町の春日大社神官邸町の西端の地に鎮座して久しく里人の尊崇を受け給ふ。
平安時代「延喜式」所載の古社にしてかの二月堂お水取りに読み上ぐる神名帳にも赤穂明神とあり、連綿今日に至るまで、読誦どくしょうせらるゝ古例なり。
上古、天武天皇紀六年に十市皇女を同十年に氷上の夫人を「赤穂ニ葬ル」とあるは蓋しけだしこの地辺ならむ。もと社地広大にして数百余坪。桜樹多く、幕末頃まで桜田の地名ありき。近世の記録には天児屋根命あめのこやねのみことを祀るとせるも、加うるに、「高貴の姫君を葬る」との口碑伝承あるは、いと久しく女人守護の霊験久しかりし証なり。
明治一維新の後、この里荒廃し、二百戸近き社家・祢宜ねぎの大半は離散して築地塀のみ虚しく残り、秋艸道人しゅうそうどうじん、堀辰雄らの文人哀惜の詩文あり。されど、より深く嘆きまさりし里人有志、滅びゆく天満宮址・弁財天を合祀して赤穂社の左に配し、今に二社併存す。
昭和五年以来、この地の産土神うぶすながみ 鏡神社の別社となり、地元有志再興の至誠を注ぎつつ今日に至る。神徳の長久を仰ぎ、先人の篤信を継承して復興の機運を待望する所以なり。

昭和五十二年九月十八日 例祭の佳日

赤穂神社 地元奉賛有志
鏡神社・赤穂神社 宮司 梅木春和

境内・社叢

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社号標                  社頭掲示板

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拝殿                   本殿右 赤穂神社 左末社天満天神(菅原道真)・ 弁才天(市杵島姫命)

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地名・地誌

地図

奈良市高畑町1320

交通アクセス・周辺情報

参 考

「大和の神社」

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