出雲市(出雲郡) 官社(式内社) 旧村社 島根(出雲国)

式内 都我利神社

概 要

社号 都我利神社
読み:古 ツカリ、現在 つがり
江戸時代は「八王子大明神」と称していた
延喜式神名帳
式内社 出雲国出雲郡 都我利神社
合祀 式内社 出雲国出雲郡 伊佐波神社 伊弉諾尊
所在地 島根県出雲市東林木町672
旧地名 出雲国出雲郡
御祭神
阿遅志貴高彦根命(あぢすきたかひこね のみこと)
配祀
伊弉諾命(いざなぎ のみこと) 伊弉冉命(いざなみ のみこと) 速玉男命(はやたまお のみこと) 事解男命(ことさかのお のみこと)
倉稲魂命(うかのみたま のみこと) 軻遇突命(かぐつち のみこと) 道實霊神(みちさねたまのかみ)

あるいは、津狡命(つがり のみこと) 『特撰神名牒』
例祭日 11月3日

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
出雲国 187座(大2座・小185座)
出雲郡(イツモ) 58座(大1座・小57座)

『出雲国風土記』「伊努社」「伊農社」

近代社格制度  旧村社

創建      年代不詳だが、天平5年(733)『出雲国風土記』に「伊努社」「伊農社」と記載されているのでそれ以前にあった。

本殿様式   大社造変態 曽木葺

境内摂末社(祭神)

稲荷神社 武頭天神社 熊野神社

一口メモ

出雲市平田町(旧平田市)から出雲大社までの斐伊川北岸には一畑電鉄大社線と国道431号線が通り、一直線に式内社がほぼ等間隔で数珠つなぎに鎮座している。式内社巡りにはたまらない街道である。平田市街から大社町までの中間に当たるのが西材木町と東材木町。日曜日だが交通量が多く大社への参拝だろう。国道に面しており車を停める場所がないので反対側の集会所に停めようとしたが、急な長い石段。これはきついと石段左脇に急坂だが車用の参道らしき道が見えたので上まで登ると参拝者用駐車場があった。

歴史・由緒等

風土記の伊努社四社、伊農社三社のうちの一社に相当する。
中世以来八王子信仰が到来定着していた間にも、古来の都我利神社の名はなお忘れられていなかったと思われる。伊務神社(西の宮)に対し「東の宮」という。

「延喜式神社の調査」さん

境内・社叢

  
社叢                       鳥居

  
随神門                      拝殿

  
拝殿扁額 5社の扁額が掲げられている。左から稲荷・熊野・都我利・伊佐波・天満宮
本殿 本殿と境内社は最近修復されたようで新しい

   
本殿左手境内社 稲荷神社             本殿右手境内社 武頭天神社

  
本殿奥 熊野神社だろうか?            中央に岩座

  
境内奥の駐車場前に「義民 中島治兵衛の碑」がある。

案内板によると、中島治兵衛という人は、東材木屋号「谷川」の祖で寛文年間(1670年頃)、藩の検地に際して、飴田という沼田で稲作も出来ないところから、関係者多数が出て強訴したために村民多数が捕縛された。村役人であった治兵衛は、その首謀者であると自首して村民を助け、自身は打首の系に処せられたという。

村民はその恩に感じ氏神の境内に石造の廟を建て祀った。去る昭和五年の遷宮に際し、それに代わるものとしてこの石碑を建立した、という。

地名・地誌

地 図

島根県出雲市東林木町672

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式神社の調査」さん、他

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