洛北 京都市 京都(山城国)

御蔭神社(賀茂御祖神社境外摂社)

 

概 要

社 号 御蔭神社 賀茂御祖神社(下鴨神社)境外摂社
読み: みかげ
式内社 山城国愛宕郡 出雲高野神社
式内社 山城国愛宕郡 小野神社二座
賀茂御祖神社境外摂社
所在地 京都市左京区上高野東山207
旧地名 山城国愛宕郡
御祭神 賀茂建角身命(かものたけつぬみのみこと)荒魂 玉依日売命(たまよりひめのみこと)荒魂
例祭日 下鴨神社「御蔭祭」(みかげまつり)5月12日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
畿内:658座(大231座・小427座)
山城国 式内社122座 大53座(並月次新嘗・就中11座預相嘗祭)・小69座(並官幣)
愛宕郡(オタキ) 21座(大8座・小13座)
式内社

近代社格制度

創建
本殿様式 流造 桧皮葺

境内摂社(祭神) なし

一口メモ

白川通を宝ヶ池方面へ北上し、(京都駅伝でコースとなっているといた方が分かりやすい)叡山電鉄との立体交差橋を渡り、東へ右折すると高野川と並行する上高野地区。崇導神社とともに捜した。御蔭神社は叡電八瀬比叡山口駅の川向うにある。すぐそばなのだが橋がなく行き方がわからず先に崇導神社は道沿いですぐ分かったが、また下流の三宅八幡鳥居前まで戻り、川を渡って狭い旧道を叡電踏切を渡りしばし時間をとってしまった。案内も何もないがナビはここを示しているので、車をおいて線路沿いに徒歩で行くと御蔭神社参道で間違いないことが分かり安心した。参道はそんなに急ではないがかなり歩いた。
式内社 山城国愛宕郡 出雲高野神社と式内社 山城国愛宕郡 小野神社二座の論社となっている。大字高野は昭和6年、現地名の「上高野」を冠称する60町に編成された。上高野東山は旧修学院村、小野村は『和名抄』に小野郷(乎乃)がある。小野神社は崇導神社境内摂社・小野神社と御蔭神社の二社が論社とされている。崇導神社境内には式内伊多太神社もあるが、現地名でそれらしいのは三宅八幡神社に近い上高野小野町付近。高野川北側ではないだろうか。とすれば、御蔭神社が式内小野神社より式内出雲高野神社に有力な気がするのだが。

歴史・由緒等

この社地は、大古鴨の大神が降臨された所と伝えられているところから御生(みあれ)山と呼ばれており、東山三十六峰第二番目の山である。

さらにまた、太陽のたた射す所、即ち、御蔭山とも呼ばれそれに因んで社名ともなった。

御祭神は、御本社賀茂御祖神社の御祭神の玉依媛命、賀茂建角身命、二柱の荒魂を奉祀されている。

現在の社殿は、元禄6年(1693)御本宮遷宮の際に造替された。それまでは、現在の本宮北東の麓に鎮座されていたが、地震等の災害に依って殿舎が埋没したため現在の地に御動座になった。

天武天皇6年(677)山背国司が造営したと伝えられる賀茂神宮は、当神社であろうとの説があるとおり、この地は古代から山背北部豪族の祭祀の中心地であり、近隣には数々の遺跡が存在する。

毎年、賀茂祭(葵祭)に先立って5月12日には、御蔭際(御生神事)が当神社で行われる。当日は神馬に錦蓋を飾り、神鈴を付け、鉾、太刀、弓、楯などの御神宝を捧げ持ち、社殿には阿礼(あれ)を掛ける。

数多くの供奉者は葵、桂をかざし、本宮を進発した行粧は、この社に到着する。社前において、午の刻、御神霊は神馬に移御になり、御本宮に遷御になる。途中総社における路次祭、御本宮切芝の神事が行われる。

朝廷からは、阿礼料や幣が奉献されるなど鴨社創祀の祭とされてきた。
また、神馬の御神前で行われる三台塩(三台詠)を中心とする神事芸能は、わが国最古の祭儀式を伝えるものとされ、行粧もまた最古の神事列と伝えられており、葵祭と並ぶ優雅な行粧として名高く、室町時代にはいると数々の資料に登場する。

現今、道中は交通煩雑のため、やむなく自動車列とはなったが、当神社並びに御本社糺の森での神事は古儀に依って厳粛に行われている。

「賀茂御祖神社 社頭掲示板」

いまの本殿と拝殿は江戸時代末の建築である。
毎年5月12日に行なわれる当社の祭礼は賀茂御蔭祭と呼ばれて名高い。祭の当日には、下鴨神社から錦蓋をかざした神馬を中心に、騎馬の神宮・楯・鉾・弓などの神具を捧げた多数の供奉の人々の行列がこの神社に詣り、やがて神霊を神馬に迎えて本社の下鴨社に還幸する。

境内・社叢

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鳥居                   旧鳥居跡

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社頭掲示板

  

社殿                   拝殿

  

下鴨神社「御蔭祭」(みかげまつり) 5月12日

葵祭りに先駆けて、比叡山山麓の八瀬御蔭山(御蔭神社)より神霊を下鴨神社に迎える重要な神事。早朝本社を出発した行粧は、昼間に御蔭神社に達し、神霊を奉じて夕刻本社に到着御本殿に遷御、途中、糺の森に於ける切芝神事、東游は優雅な王朝の祭典として名高く、また、この祭は我が国最古の神幸列として、毎年神馬に神霊を遷し本社に迎える古代の信仰形態を今に伝える祭として有名です。

八瀬御蔭神社出発した後、赤の宮神社(当社)に立ち寄り、赤宮路次祭 舞楽奉納。中通り巡行、下鴨神社内河合神社着。北大路通の下鴨本通交差点から下鴨神社南参道までの約1kmを巡行します。

この祭は、少なくとも室町時代から毎年行われていたことが文献によって明らかで、その優雅な儀式は葵祭に匹敵するといわれる。

「京都観光ナビ 京都市産業観光局観光MICE推進室」

地名・地誌

地 図

京都市左京区上高野207

交通アクセス・周辺情報

参 考

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