朝来町・生野町 朝来市 旧村社 兵庫(但馬国)

村社 八幡神社(兵庫県朝来市桑市)

概 要

社 号 八幡神社
読み: はちまんじんじゃ
通称:船宮神社
所在地 兵庫県朝来市桑市332
旧地名 但馬国朝来郡桑市郷
御祭神
主祭神 誉田別命(ほむだわけ のみこと=応神天皇)
配祀神 素盞鳴尊(すさのお のみこと) 皇后宮亮平経政命(きさいのみやのすけたいらのつねまさ のみこと)
例祭日 10月17日

社格等

式外社
近代社格制度 旧村社

創建     伝:応永3年(1396)
本殿様式

境内摂末社(祭神)

文化財

船宮古墳 県指定史跡

一口メモ

神社としてよりも、但馬第2の大型前方後円墳である船宮古墳(ふなのみやこふん・県指定史跡)が有名である。その前方部頂上に八幡神社がある。以前から隣接する物部という地名から興味があった。

歴史・由緒等

由 緒
応永3年(1396)の創立と伝え明治6年(1873)10月村社に列せらる

-「兵庫県神社庁」-

人皇44代元正天皇の霊亀二年春三月、荒島宿祢の子・乙主(一に磯主)を以って、朝来小領に任じ、養老七年朝来大領に任ず。(中略)

養老三年冬九月、朝来軍団を廃し、健児所(コンデイ)と為す。健児所を物部村に遷し、健児50人を置き、兵庫および鈴蔵を守らしめ、伊由武万侶を以って、健児所の判官と為す。

境内・社叢

  
境内

  
拝殿                   狛犬


本殿覆屋

  
境内社

地名・地誌

桑市

『国司文書別記 郷名記抄』
桑市郷
桑原臣命が桑を栽植したる地なり。この故に名づく。桑市神社あり。桑原臣を祀る。
桑市村
白髮武広押稚日本根子天皇(清寧天皇)の御世、桑原臣多奇市命下向の地なり。桑樹を作る。桑市神社あり。桑原臣多奇市命を祀る。

地 図

兵庫県朝来市桑市332

交通アクセス

周辺情報

船宮古墳 県指定史跡

但馬では、池田古墳に次いで大きい全長90m、面積4,050平方メートルの前方後円墳である。古墳時代中期(5世紀後半)のものでほぼ平坦な地形につくられている。同一水面の周濠をそなえた前方後円墳としては、但馬唯一のものとされる。周濠(しゅうごう)は、後円部側と西側にその痕跡をとどめ、東側は国道敷設による損壊を受け、墳丘斜前方部の山頂に八幡社が造営され、また墳丘裾部も道路などにより円形状になっている。墳丘斜面部には、葺石(ふきいし)として利用されたと考えられる河原石が散見される。

また、埴輪(はにわ)については、円筒埴輪、壺形(つぼがた)埴輪片や、日本最古の牛形(うしがた)埴輪が採集されている。牛をかたどった埴輪の出土は全国で3例目である。鼻と口の部分であることがわかっている。どのような人が葬られていたかは不明であるが、氏神参道に船宮之碑には、但馬国営(くにのみやっこ)の「船穂足尼(ふなほのそこね)」の墳墓であると記されている。

-「但馬情報特急」-

但馬国営(くにのみやっこ)の「船穂足尼(ふなほのそこね)」の墳墓であるとの説で、

『国司文書 但馬故事記』に
人皇十三代成務天皇の五年秋九月
(朝来県主初代)大多牟阪命の子・船穂足尼命(ふなほのすくねのみこと)を以って、多遅麻国造(第九代)と定む。船穂足尼命は大夜夫宮(養父神社)に遷る。
それより前は初代の天日槍から八代の天橘守命までは、天日槍の子孫が代々但馬国造となっていて、船穂足尼命の次の10代但馬国造は多遅麻連公武で気多郡が但馬国府まで続いている。朝来郡から国造となったのは後にも先にも船穂足尼命の一代きりである。とすれば船宮古墳より規模が大きな池田古墳が、当然、船穂足尼命の墳墓であると考える方が自然ではないだろうか?

参 考

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