村社 赤藤神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

概 要

社 号 赤藤神社
読 み あかふじじんじゃ
別 名
初め楯縫神社、また藤森神社
所在地 豊岡市庄字谷口390

旧地名 但馬国城崎郡奈佐郷庄村
御祭神 彦狹知命ひこさちのみこと
彦狭知命 『国司文書 但馬故事記』
御神紋
例祭日 10月15日

社格等

近代社格制度 旧村社
創建   白凰12年(672)
本殿様式

境内摂末社(祭神)

不明

一口メモ

県道242号線とこうのとり但馬空港への県道713号線が分岐する交差点を進み奈佐川の橋を渡れば奈佐。庄区会館前を斜め右に旧道へ入る。区内の旧道は狭いので、バス停からすぐなので歩いた方がいい。
奈佐小学校をはさんで左手(西)が大谷区の白藤神社がある。東が庄区で赤藤神社があり、二社で赤と白の藤でつながりがありそうだ。奈佐郷(庄)の中心部で、赤藤神社の御祭神は彦狭知命となっている。

白藤神社の御祭神:深淵之水夜礼花神(フカフチノミヅヤレハナノカミ)は古事記ではスサノオのひ孫に当たる神。また大国主(オオクニヌシ)の曽祖父に当たる神だという。深淵之水夜礼花神を祀る神社に静岡県富士市浅間本町に式内富知神社がある。通称は、三日市浅間神社。藤から富士をつないだ富士山信仰からだろうか。

歴史・由緒等

天武天皇白鳳12年9月楯縫連須賀雄の創立せし社にして楯縫部の氏神なり。
而して赤紫色の花咲く藤の古木の傍らに社殿を建てしにより社名を生ず。
明治6年(1873)10月村社に列せらる。

「兵庫県神社庁」

『国司文書 但馬故事記』(第四巻・城崎郡故事記)
人皇40代天武天皇白凰12年(672)夏閏4月 物部韓国連久々比は勅を奉じ、兵馬・器械を具え、陣法博士大生部了を招き、子弟豪族を集め、武事を講習す。かつ兵庫を赤石原に設け、以て兵器を蔵む。(元田鶴野村、今の豊岡市赤石)
楯縫連須賀雄を召し、奈佐村に置き、部属を率いて、楯・甲冑を作らしむ。
楯縫連須賀雄はその祖彦狭知命を藤森に祀り、楯縫神社と称す。また藤森神社と云う。

白藤神社 祭神:深渕之水夜札花神 豊岡市大谷687-1

伝え云う天武天皇白鳳12年秋9月楯縫連須賀雄の創立にかかり、初め楯縫神社と称す。
明治6年(1873)10月村社に列せらる。

「兵庫県神社庁」

境内・社叢


鳥居

  
参道                        手水舎

   
狛犬

  
本殿覆屋                      本殿

地名・地誌


『国司文書・但馬故事記』 奈佐村
渚郷 古語は奈技佐、今は奈佐
布久比村・耳井村・古井村・智阪村・楯縫村・楯縫山

『大田文』 奈佐郷
今の村数13
岩井・栃江・宮井・庄村・吉井・野垣・福成寺・大谷・内町・辻・目坂・船谷・河合

地 図

兵庫県豊岡市庄390

交通アクセス・周辺情報

参 考

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