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社 号 式内 夜比良神社
読み:やひら
延喜式神名帳 式内社 播磨国揖保郡 夜比良神社
読み:ヤヒラ
式内社 播磨国揖保郡 阿波遅神社
読み:アハチ
所在地 兵庫県たつの市揖保町揖保上391
旧地名 播磨国揖保郡
御祭神 国作大己貴命(くにつくりおおなむち のみこと)
例祭日 春季例祭 4月第1日曜日、秋季例祭 10月体育の日の前日
古代社格制度『延喜式神名帳』
山陽道 式内社140座 大16(うち預月次新嘗4)・小124
播磨国(ハリマ) 式内社50座(大7座・小43座)
揖保郡(イヒホ・いぼ) 7座(大3座・小4座)
近代社格制度 旧県社
創建 年代不詳
本殿様式 流造 檜皮葺
稲荷神社・建速神社
式内中臣印達神社から南へ約1km、近い場所にもうひとつの式内社夜比良神社がある。こちらは広い道に面しており、分かりやすかった。
由 緒
旧社格 県社 延喜式揖保郡七坐の内御神紋 子持ち亀甲に米
御由緒
夜比良神社の創建は、1200年以前といわれています。御祭神の大己貴命(オオナムチノミコト)は、「播磨国風土記」にみられる葦原醜男命(あしはらしこおのみこと)で、他に大国主命(おおくにぬしのみこと)、大汝命(おおなむちのみこと)など、多くの名前で呼ばれ、出雲大社の御祭神と同神です。
はじめ出雲国を開拓された大神は、因幡国を経て播磨国に入られ、伊和神社(現宍粟市一宮町)に鎮座されました。
また揖保川に沿って南下され、粒丘に足を留められ、人々をいつくしみ、この地方を開かれ災禍を祓い除かれました。
この故事により、播磨国の一の宮である伊和神社を「北方殿」
と呼ぶのに対し、揖保川流域の南をお護りする夜比良神社を「南方殿」と呼びます。また、中世には、下揖保荘の総鎮守として、播磨国の豪族赤松氏そ尊崇をあつめ、「神式は赤松政村これを定む」と今に伝えられています。
古来、農業の神、病気平癒の神、健康の神、福の神、縁結びの神、学問の神として信仰されています。
-「兵庫県神社庁」-
社叢 社号標
鳥居 手水舎
社頭掲示板
境内 舞殿
狛犬
拝殿扁額 幣殿内
瑞垣 本殿
公共 JR山陽本線「たつの駅」下車、国道2号線を東へ、揖保川大橋を渡り、東岸堤防を北へ1.2km(徒歩25分・車5分)
交通・車 国道2号線「揖保中交差点」を北へ約1.5km
揖保川東岸堤防沿いを北へ2分。
「兵庫県神社庁」、「延喜式神社の調査」さん、他