厳島神社(名神大 天津石門別稚姫神社)

投稿者: kojiyama 投稿日:

概 要

社 号 厳島神社
読み いつくしま
別名 かつては、雲ヶ畑弁財天社(弁財天社)、石戸別(いわとわけ)弁財天、雲ヶ畑弁財天
延喜式神名帳 式内社 山城国葛野郡 天津石門別稚姫神社
読み
所在地 京都市北区雲ケ畑中畑町54
御祭神 天津石門別稚姫命(あまついわとわけわかひめのみこと)
例祭日 5月12日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
畿内:658座(大231座・小427座)
山城国 式内社122座 大53座(並月次新嘗・就中11座預相嘗祭)・小69座(並官幣)
葛野郡(カドノ) 20座(大14座・小6座)
式内社

近代社格制度 旧村社
創建
本殿様式

境内摂末社(祭神)

天御中主神社 大山祇神社 稲荷神社 八幡神社
文化財

一口メモ

学生時代、京都の一乗寺に住んでいて、「雲ヶ畑」行きバスを見かけるので地名は知っていたが、今回小野杉阪から府道107号で持越峠を越えて初めて当地に来た。

歴史・由緒等

本殿の山側を少し上ったところに5~6メートルの大岩が15メートルくらいの間隔で並んでいる。これは天津石門別稚姫命さまが降臨された時の石門とされる。

平安時代中期に編纂された律令の施行細則『延喜式(神名帳)』に「天津石門別稚姫神社」と記載される神社と考えられている。
この地周辺の雲ヶ畑中畑町・中津川町は、平安時代以前からの集落で、平安京造営の際に用材を伐り出した地域であるとも言われ、当社は産土神として信仰されてきた。
祭神の天津石門別稚姫が出現したという石門岩が本社後ろの山麓にあり、約五メートルの二つの巨岩が15メートル程離れてそびえ立っている。
祭神・天津石門別稚姫が女神のため、弁財天(知恵や音楽を司る女神)信仰が生じ、明治以前は石門別弁財天、雲ヶ畑弁財天と称したが、明治の初め廃仏毀釈の際、弁財天のままでは廃止されるため厳島神社と改称した。
境内には、中畑町・中津川町の各所にあった宮が集められ、小宮として祀られている。

「京都市」

註 祭神から安芸の厳島神社とは無関係であるが、女神であることから同じく宗像三女神 宗像三女神(市杵島姫命・田心姫命・湍津姫命)を祀る厳島神社としたのだろう。

境内・社叢


社頭

  
鳥居                       社号標


社頭案内板


手水

   
狛犬

  
境内                        本殿


右手境内社4社

地名・地誌

地 図

京都市北区雲ケ畑中畑町54

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式の調査」さん

Follow me!


0件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA