式内 法庭(のりば)神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

 

概 要

社号 式内社 但馬国美含郡 法庭神社
読み:古 ノリハ 現 のりば、または ほうてい
所在地 兵庫県美方郡香美町香住区下浜591-1
旧地名 但馬国美含郡香住郷
法庭神社(本宮)
兵庫県美方郡香美町香住区下浜下浜225-1 (JR山陰本線南)

御祭神
法庭神社 武甕槌命(タケミカツチ) あるいは天照国照天火明饒速日命 あるいは野見宿禰命

『国司文書 但馬神社系譜伝』 大新川命
例祭日 10月5日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
美含郡(ミクミ):12座(並小)

近代社格制度 旧村社

創建     八幡神社に合祀の時期不詳
本殿様式   一間社流造、鉄板葺 明治二十八年(1895)(神社誌)

境内摂社(祭神)

八幡神社 誉田別尊

一口メモ

国道178号線を香住市街地を過ぎて海沿いに行くと左に90度曲がるところが下浜。きれいな旅館が増え温泉街になった。地元に住んでいても城崎や竹野は久美浜には宿泊したことがあるが、香住方面はまだ宿泊したことがないので、一度カニすきを頬張りながらゆっくりしてみたいスポット。

狭い集落の中を探していると奥に真言宗高野派の喜見山帝釈寺があり、その左に、当社への参道入口がある。社号標に八幡神社、法庭神社と併記されているが、当社は、正確には八幡神社に法庭神社が合祀された社だそうだ。地図をみると向かい側の山に法庭神社とあるのでそちらが古社地だろうが、行き方がわからないので断念した。

歴史・由緒等

由 緒
伝え云う太古、伊香色手命鮭に召して海湾より矢田川に入り河流を逆る事里余、小原村字谷口に留り給い吾宮居すべき地なりとて鎮座し給う。又一に当社を大原大明神と唱え彼の祭神名の召されたる鮭は同川を逆りて七味郡山田村に至り鮭大明神と仰がれ給う。之より後祭神の子孫たる椋椅部連小柄天武天皇白鳳13年7月其の祖伊香色手命を鎮座地について祀る。是当社の創立なり。

延喜式の制小社に列す。醍醐天皇延長5年(927)12月官社に列し、明治6年(1873)10月村社に列せらる。

-「兵庫県神社庁」-

『国司文書 但馬神社系譜伝』
人皇四十三代天武天皇の慶雲三年(706)七月、大新川命の十五世孫・矢田部守柄(モリガラ)を以って、美含郡司となし、始めて田粗法を定めしむ。
同四年六月、矢田部守柄は、大新川命を乃里婆丘に祀り、氏神となす。
矢田部守柄は、神饒速日(ニギハヤヒ)命の七世孫・大新川命の後なり。
人皇六十一代醍醐天皇の延長五年(927)十二月、官社(朝廷管轄のいわゆる国家管理)に預かる。

境内・社叢

  
社叢                       社号標

  
一ノ鳥居                     参道・手水舎

  
二の鳥居                     拝殿

  
拝殿・本殿

地名・地誌

地 図

兵庫県美方郡香美町香住区下浜591-1

交通アクセス・周辺情報

参 考

『延喜式神社の調査』さん、他

Follow me!


1件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA