式内 物部神社(京都府与謝郡与謝野町石川)
概 要
社 号 式内社 丹後国與謝郡 物部神社
読み:古 モノゝヘ、現 もののべ
所在地 京都府与謝郡与謝野町大字石川字物部2013
旧地名 丹後国與謝郡
御祭神 宇摩志麻遅命(うましまぢ のみこと)
例祭日 4月25日
社格等
古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
丹後国(タンゴ):65座(大7座・小58座)
與謝郡(ヨサ):20座(大3座・小17座)
近代社格制度 旧村社
創建
本殿様式 権現造 榑葺
神宮寺 普門院
境内摂社(祭神)
一口メモ
国道176号と312号が交わる石川交差点から宮津方面へ東北に1km。国道から入った旧道の東南に鳥居がある。車は右から入れた。
歴史・由緒等
この地は物部氏の田莊のあつたところで、物部氏は、今の野田川町今川を原籍地(本貫)として領有しており、この地に祖神を祭つたのである。
物部神社
この社は、平安時代の始め(900頃)醍醐天皇の命によって作られた延喜式神名帳に登録されている由緒ある式内神社であります。神殿は江戸中期に造営されたと云われているもので、その形式は権現造向拝付きで欅材で造られており、屋根は榑葺の建物です。祭神は宇麻志麻遅命(一説に蘇我石川宿根命)、ご神体は神鏡です。神像は左大臣、右大臣の木造座像と記されていますが現存していません。
神殿正面の「物部大明神」の額は天明5年(1785)日野資枝の筆によるもので元は鳥居にあがっていたものです。
参道の鳥居(横3.7m×高4.3m)は文化10年(1814)に建立されたものであり、掲げてある扁額「物部神社」は「正二位清原宣光公」の落款のある書ときされています。
祭事は毎年4月25日、石川区合同の祭礼が行われ当社より神楽・獅子舞・太刀振り・笹噺踊の行列が宮司・神社総代・区役員を先頭にして上・中・下地区屋台とともに大宮神社まで巡行します。「社頭掲示板」
境内・社叢
鳥居・狛犬
参道 手水舎
参道 社殿
拝殿 本殿覆屋
土俵
地名・地誌
「和名抄」 與謝郡物部郷に比定
江戸期~明治22年 与謝郡石川村
明治22~30年 与謝郡石川村
昭和30年 与謝郡野田川町
平成18年 与謝郡与謝野町
明治までは石川村。「和名抄」の平安期に見える郷名は、與謝郡物部郷で丹後国与謝郡七郷の1つ。祭神は蘇我石川宿禰命あるいは宇麻志麻治命とされる物部神社は、石川字物部谷に鎮座。「日本地理志科」は石川村「石川・須津・香河・明石」とする。山の反対側にある明石の須代神社周辺からは、野田川で最も古い銅鐸と弥生住居跡、丹後三大前方後円墳の銚子山古墳や、作山古墳など古墳の宝庫であり、野田川流域で最も古くから開けたとされる地区。物部氏と銅鐸とのつながりが証明している。
地 図
交通アクセス・周辺情報
参 考
「神詣」さん、「延喜式神社の調査」さん、「丹後の地名地理・歴史資料集」さん
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