村社 宇日神社

   

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概 要

社 号 宇日神社
読 み ういじんじゃ
所在地 兵庫県豊岡市竹野町竹野字東町196-4

旧地名 美含郡竹野郷塩浜村
御祭神 彦火々出見命ヒコホホデミノミコト
宇日神社 美含郡竹野郷塩浜村 宇日比売命ウヒヒメノミコト 『国司文書・但馬故事記』
御神紋
例祭日 9月15日

社格等

近代社格制度 旧村社
創建   年代不詳
本殿様式

境内摂末社(祭神)

稲荷神社、他

一口メモ

県道11号線竹野浜に近い道沿い西の小高い丘の上。南側の道を入ると参道。宇日神社なので、海岸沿いに東にある宇日区にある神社だと思うが、宇日の村社は三柱神社。

歴史・由緒等

創立年月不詳
社伝に宇(日)*1比売命を祭神とすといい、同神は竹野開発祖神たる多芸志比古命*2の同系神と称し此の地方の開拓神*3なり。
文化9年(1812)本殿を再建し、明治6年(1873)10月村社に列せらる。

「兵庫県神社庁」

人皇13代成務天皇5年秋9月 懿德イトク天皇の皇子、当芸志毘古タギシヒコ命12世の孫*2、春野命を以て竹野別タカノワケと為す。春野命は竹野タカノ邑に居る。故れ、また竹野別命
と云い、その後裔を竹野別と云う。
当芸志毘古命は、河内師木県主、息石耳オキシミミ命の娘、天豊津姫命の生む所なり。

人皇22代清寧天皇3年夏5月 桑原臣の祖、多奇市は勅を奉じ、多遅麻に下り、桑を植え、蚕を養い、絹を織り、これを貢上る。美含郡桑原邑・長糸邑(今の香美町長井地区)これなり。
5年夏6月 桑原臣多奇市を以て、美含県主と為す。多奇市は崇神天皇の皇子、豊城入彦命の八世孫なり。
人皇25代仁賢天皇2年秋8月 桑原臣多奇市はその父、久禰布を桑原邑に祀り、桑原神社と云う。
崇神天皇は、紀伊国那珂郡荒川刀弁命の娘、遠津綾日真細姫命を娶り豊城入彦命を生み給う。
豊城入彦命は八綱命を生む。八綱田命は彦狭島命を生み、彦狭島命は大荒田別命を生む。
大荒田別命は竹野彦命の娘、宇日比売命を娶り、多奇波世命・太多別命を生む。

『国司文書・但馬故事記』第六巻・美含郡故事記

*1 宇比売命とあるが宇日比売命の誤記だろう
*2 多芸志比古命と当芸志毘古命は同じ
*3 『国司文書・但馬故事記』第六巻・美含郡故事記冒頭に、
天火明命はのち谿間に入り、佐田稲飯原を開き、御田と為す。また天熊人命を夜父に遣わし、蚕桑の地に相せしむ。
天熊人命は、夜父の谿間に就き、桑を植え、蚕を屋岡に養う。谿間(多遅麻・のち但馬と書く)の名これに始まる。
垂井天物部命を使て、真名井を黄沼前に掘らせ、御田に灌ぎ、瑞稲を作らしむ。故れこの地を御田井の吾田と云う。小田井県と称するはこれなり。
また竹野吾田を開く。これを竹野県と云う。また狭津吾田を開く。これを御井吾田と云う。美伊県と称するはこれなり。

此の地方の開拓神は、多芸志比古命より前に垂井天物部命(または垂樋)があげられる。

境内・社叢

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社頭                           社号標

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狛犬がまだ新しい                  手水舎

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割拝殿                         本殿

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立派な彫刻                       右手境内社 稲荷神社

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稲荷神社右手古社地                拝殿前境内社

地名・地誌

地 図

兵庫県豊岡市竹野町竹野196-4

交通アクセス・周辺情報

参 考

 - 豊岡市竹野町(美含郡) , ,