名神大 兵主神社

概 要

社 号 兵主大社
読 み ひょうずじんじゃ
式内社 近江国野洲郡 兵主神社(名神大)

所在地 滋賀県野洲市五条566
御祭神 八千矛神やちほこのかみ 別名:大己貴命(おおなむちのみこと)

御神紋 亀甲に鹿角
例祭日 5月5日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
東山道 式内社382座 大42(うち預月次新嘗5) 小340
近江国 155座 大 13座 小 142座
野洲郡 9座  大2座  小7座
式内社(名神大)

近代社格制度  旧県社

創建   年代不詳
本殿様式 一間社流造

境内摂末社(祭神)

相殿神社 若宮神社 手名椎神社 足名椎神社 手洗御前神社 両皇太神宮 水神社

文化財

樓門(県文) 白絹包胴巻(重文) 小袖2領(重文)

一口メモ

滋賀県(近江国)の式内社で、最初に興味を持ったのが兵主大社。そもそも我が町や兵庫県北部は式内兵主神社が集中していることから、神社に興味を持ったきっかけ。

歴史・由緒等

景行天皇は、御矛の神威を畏こまれ、穴師(大和国桜井市)の地を選ばれて、兵主大神と仰ぎ、皇子稲背入彦命に奉祭せしめられた。さらにその後、景行天皇、近江国高穴穂宮に御遷都されるにあたり、この大神を穴太の地に御遷座になった。そこで、この穴太(大津市坂本穴太町高穴穂宮跡)を「元兵主」と呼んでいる。のち欽明天皇の御代、播磨別等(兵主族の祖先)が琵琶湖上を渡り、この地に移住するに際し、再び大神を御遷座し、兵主大神の鎮まる土地として奉斎し、地域住民は、守護神と御神徳を仰ぐに至った。また、稲背入彦命を乙殿神と崇め、この神域に神主播磨別の祖神として鎮祭した。
社殿の創建は養老元年、元正天皇の勅定に因ると伝え、貞観年中、神位従三位勲八等に叙せられ頼朝社と尊崇され、花山天皇は「正一位勲八等兵主大神宮」の勅額を賜っている。
源頼朝、足利尊氏等武将の崇敬も殊に厚く、歴代寄進の剣、甲冑を今に伝えている。徳川家は、社領の寄進、社殿の造営等を奉仕し、五摂家の鷹司家代々の信仰も厚く、毎年禁中より玉串の献上があった。大正四年、県社に列せられた。

「滋賀県神社庁」

境内・社叢

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社頭狛犬

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神橋                   楼門

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拝殿狛犬 参拝者による白いひもが巻かれている。どういう願かけの意味をもつのだろう。

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本殿                  境内社乙殿神社

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地名・地誌

地 図

滋賀県野洲市五条566

交通アクセス・周辺情報

JR琵琶湖線 「野洲駅」 下車 バス 13分 「兵主大社前」下車徒歩5分
名神高速栗東ICまたは竜王ICから約25分、びわ湖鮎家の郷から約10分。 駐車場無料
名匠庭園(平安)

参 考

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