浅殿神社(式内 比利多神社)

概 要

社 号 浅殿神社
読 み あさどのじんじゃ
式内社 近江国野洲郡 比利多神社
別 名
比留田神社
所在地 滋賀県野洲市比留田693
御祭神 積羽八重事代主神つみはやえことしろぬしのかみ (一般には事代主命)
〔配祀神〕 木花佐久夜毘売神このはなさくやひめのかみ 天御中主神あめのみなかぬしのかみ 宇賀之御魂神うかのみたまのかみ

御神紋 亀甲
例祭日 4月第2日曜日 例祭 1月10日神事祭

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
東山道 式内社382座 大42(うち預月次新嘗5) 小340
近江国 155座 大 13座 小 142座
野洲郡 9座  大2座  小7座

近代社格制度

創建   年代不詳
本殿様式 三間社流造

境内摂末社(祭神)

文化財

一口メモ

兵主大社から東南にほど近い。

式内社 近江国野洲郡 比利多神社の論社は2社
浅殿神社 滋賀県野洲市比留田693
比多利神社(二宮神社境内社)  滋賀県野洲市西河原 552

歴史・由緒等

兵主神社所管社二十一社の一。比留田神社とも称す。延喜式内社。大国主神は、兵主神社祭神、本来祭神は、三神であったが、鎌倉時代に三神のうち悪王子神が、隣の西河原二ノ宮神社境内に移された。その事情は、建久の頃に鎌倉将軍源頼朝が兵主神社に参拝の際、乗馬に異変が生じたため、里人に霊神の有無を尋ねたところ、当社のことを告げたので、頼朝は三神のうち悪王子神をいずれかに転座するよう、命令を下したためとつたえる。また、浅殿の語源は、降神歌に「阿波理夜遊婆須止麻素佐奴阿佐久良爾天津於理万志麻世」とある。「阿佐」に基き、「阿佐久良」とも「浅殿」ともいう。なお当社の旧記類は、享保年間の洪水に全て流失したため、詳細は不明である。

「滋賀県神社庁」

境内・社叢

IMG_1840  IMG_1843

鳥居                   手水舎

IMG_1841

由来案内石碑

IMG_1842  IMG_1844

拝殿                   本殿

 

地名・地誌

地 図

滋賀県野洲市比留田693

交通アクセス・周辺情報

名匠庭園(平安)

参 考

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です